14歳・初夏
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※ご注意
視界に入らなかったなら仕方がない、でも目撃したなら、困ってる人を助けるのは当然。それと同じだと思うんだ。 「違います」 菊が冷たい。抱きかかえたクッションで涙を拭くまねをしたら菊がため息をついた。 「見る時間なかったごめん、で返せばいいじゃないですか」 学校で話題になった時、確かに面白そうだと思ったし、見たいと言った。でも貸してくれとは言わなかったと思うのに、「持ってきましたよ」とにっこり笑って渡されたホラー映画のDVD。引きつり笑いしながら「君は見たんだろ?恐かったかい?」と聞いたら「所詮作り物の恐怖ですよ」と爽やかに笑われた。そこまで言われたなら、見ないわけにはいかない、ヒーローたる者、当然だ。 大体何で断るんだろう。そういえばここのところなかったけど、ホラー映画なんて今まで何度も二人で見てきたじゃないか。 「そりゃ、自分より小さな男の子が『恐いよ』って縋ってきたら宥めもしますよ。DVD見ている間くらい腕なり膝なり貸すこともやぶさかではありません。でも貴方もう私より大きいじゃないですか」 お願い!と手を掴むと目をつぶって「あー…」とうなる。恨めしそうに、「今夜はラノベ5冊制覇、と思ってたんですけど…」。「けど」、に続く言葉を悟って「菊ありがとう!」と握ったままの手を振ると「思ってたんですよ!」と噛みつくように言われた。過去形になっている以上、意味は同じだ。 おどろおどろしい写真がついたパッケージを見ながら階下に降りた菊が戻るのを待っていたら、「開けて下さい−」、驚いてドアを開けた向こうにいた菊は、客用布団を持ってきた。 そうか、そしたら物理的に一緒に寝られなくなるのか。 人生って思うに任せないものだなあと思いながら、自宅への電話その他諸々をすませ、布団の上に並んで座る。クッションを抱きかかえて菊のベッドの側面にもたれると、未練あり気に本棚を見ている菊のうなじが目に入った。着くたびれたTシャツは少し襟ぐりが緩んでいて、まるで襟を抜いた婀娜っぽい和服のようだ。とくん、と胸の変な箇所が動くのがわかった。 香る。 …そういうものなのか。 シャンプーの銘柄だって知ってる(自分の頭からだって同じにおいがする筈だ)、もともと体臭の少ない人だけど風呂上がりに近づいたときどういうにおいがするかだって知ってる。 知ってたけど、全然違う。 菊が好き、一番好き。誰に対してもそう言って憚らなかったけど、それとこれとは別だと思っていた。水泳の授業を終えた女子の乾ききらない髪の先とか、太陽の下夏服に透けて見える下着のラインとか。…そういう時に感じる、「とくん」。 そうか、人を好きすぎる状態のまま大人になるとこうなるのか。 「うーわー…」 「どうしたんですか」 わけがわからない。 「もう少し、子供でいて貰いたいなあ、とか思っちゃってたんです、ごめんなさい」 迷わないのがヒーロー、状況を見れば答えがすぐに分かるのがヒーロー。 ヒーローになって守ってあげたい俺と、コドモを甘やかしたい菊。 置き去りにされた画面では屍人が目から血涙を流している。
【18歳・秋 - 18歳・春 - 19歳・夏 - 14歳・初夏 - 15歳・春 - 19歳・秋 - 19歳・冬 - 19歳・初夏 -】 |
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