14歳・初夏

 

※ご注意
お隣さん→同居設定のアル菊パラレル連作です。幕間。
適当に書いているので設定が見えにくいと思いますが、アル中3、本田さん21歳です。
プチオフ会のちょっと後。

 

 

視界に入らなかったなら仕方がない、でも目撃したなら、困ってる人を助けるのは当然。それと同じだと思うんだ。

「違います」
「なんでだよ、義を見てせざるは勇無きなりって言うんだろ」
「だから、『それ』とは違います」

菊が冷たい。抱きかかえたクッションで涙を拭くまねをしたら菊がため息をついた。

「見る時間なかったごめん、で返せばいいじゃないですか」
「そんなことしたら、『恐かったんでしょ』って笑われるんだぞ」
「恐いんでしょ?」
「だから一緒に見てくれって言ってるんじゃないか!」
「だから見なきゃいいでしょって言ってます」

学校で話題になった時、確かに面白そうだと思ったし、見たいと言った。でも貸してくれとは言わなかったと思うのに、「持ってきましたよ」とにっこり笑って渡されたホラー映画のDVD。引きつり笑いしながら「君は見たんだろ?恐かったかい?」と聞いたら「所詮作り物の恐怖ですよ」と爽やかに笑われた。そこまで言われたなら、見ないわけにはいかない、ヒーローたる者、当然だ。

大体何で断るんだろう。そういえばここのところなかったけど、ホラー映画なんて今まで何度も二人で見てきたじゃないか。

「そりゃ、自分より小さな男の子が『恐いよ』って縋ってきたら宥めもしますよ。DVD見ている間くらい腕なり膝なり貸すこともやぶさかではありません。でも貴方もう私より大きいじゃないですか」
「大きくなっても恐いものは恐いんだ」
「ですから、だったら」
「でも見たい。菊と」

お願い!と手を掴むと目をつぶって「あー…」とうなる。恨めしそうに、「今夜はラノベ5冊制覇、と思ってたんですけど…」。「けど」、に続く言葉を悟って「菊ありがとう!」と握ったままの手を振ると「思ってたんですよ!」と噛みつくように言われた。過去形になっている以上、意味は同じだ。

おどろおどろしい写真がついたパッケージを見ながら階下に降りた菊が戻るのを待っていたら、「開けて下さい−」、驚いてドアを開けた向こうにいた菊は、客用布団を持ってきた。
「床で寝るのかい?」
「貴方がね」
「え」
「これまでの経験からすると100%、自宅に戻って一人で寝るのを嫌がるでしょう」
「そんなの別に」
「私のベッドに入り込むには貴方育ちすぎなんですってば。今までだって狭かったじゃないですか」
この半年で急激にのびた。DNAはアメリカなのに日本の中学生平均しかない身長を結構恨めしく思っていたのだ。まして去年はアーサーがいた。彼はその年では小柄な方だが、こちらから見ればすらりと高く、頭に手なんか置かれた日には悔しいくらい大人に思えた。
追いつきたい追いつきたいと唱え続けて、いつの間にか身長も体重も菊を追い越した。ヒーローに近づいて、コドモから遠ざかった。

そうか、そしたら物理的に一緒に寝られなくなるのか。
そういうものなのか。

人生って思うに任せないものだなあと思いながら、自宅への電話その他諸々をすませ、布団の上に並んで座る。クッションを抱きかかえて菊のベッドの側面にもたれると、未練あり気に本棚を見ている菊のうなじが目に入った。着くたびれたTシャツは少し襟ぐりが緩んでいて、まるで襟を抜いた婀娜っぽい和服のようだ。とくん、と胸の変な箇所が動くのがわかった。
首を意志の力で90度戻し、再生ボタンを押す。始まれば制作者の掌の上、思うように怯えさせられ、叫ばされた。恐い、恐いと菊の腕にしがみつけば「いやこれ全然だめでしょう、合成も甘いし効果も態とらしすぎるし」などとまじめに返される。クリエーター顔になっている菊にちょっと平静さを取り戻しつつ、肩にがっくりと額を載せて、気づいた。

香る。

…そういうものなのか。

シャンプーの銘柄だって知ってる(自分の頭からだって同じにおいがする筈だ)、もともと体臭の少ない人だけど風呂上がりに近づいたときどういうにおいがするかだって知ってる。

知ってたけど、全然違う。

菊が好き、一番好き。誰に対してもそう言って憚らなかったけど、それとこれとは別だと思っていた。水泳の授業を終えた女子の乾ききらない髪の先とか、太陽の下夏服に透けて見える下着のラインとか。…そういう時に感じる、「とくん」。

そうか、人を好きすぎる状態のまま大人になるとこうなるのか。

「うーわー…」

「どうしたんですか」
「いやあ……大人になるって大変だなって思って」
菊が苦笑した気配がした。
「そうですね、女の子に『恐くなんてなかったぞ』って見栄を張らなきゃいけないですしね」
「は?」
思わず顔をあげる。
「DVD、貸して貰ったんでしょう」
「…でもトーリスは女の子じゃないぞ」
振り返った菊は感情の見えない黒い目をしばらくこちらに向けて、「あー…」と言った。
「どうかしたの?」
わけがわからなくて、苦笑している菊の目をのぞき込んだら、顔を背けるように伸ばされた手に髪をくしゃくしゃにされた。
「何するんだい!」
「いや…人が大人になるのを見守るのも、なかなか大変だってことです」

わけがわからない。

「もう少し、子供でいて貰いたいなあ、とか思っちゃってたんです、ごめんなさい」
「うーん…」
「そんなこと言っても、もう大人ですよね」

迷わないのがヒーロー、状況を見れば答えがすぐに分かるのがヒーロー。
そうなりたいと思っていたのに、状況に気づいたとたん、思いもしないところで躓いてしまった。

ヒーローになって守ってあげたい俺と、コドモを甘やかしたい菊。
もう、出会った頃とは逆に、すっぽり包み込めるほど体は大きくなったのに。

置き去りにされた画面では屍人が目から血涙を流している。



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