19歳・夏

 

※ご注意
お隣さん→同居設定のアル菊パラレル連作です。色々捏造。

 

 

水着の跡をつけるなんてオタク失格です、などと拳を握るくせに、その白い肌を同士にさらすことはほとんどない。命を削ってでも描きたい二次創作があるくせに、印刷販売その他は全て人に任せて関与しない。原稿さえあげればサークルの仲間が本にして売ってくれるのだという。そんなんでいいの?というか、搾取されてないの?と聞くと私にとってはこれが一番いい形でしたという。流石に最近は個人誌が出せるほどの時間もとれないですしね。
昔は――描きたい気持ちもそれで評価されたい気持ちもあったけど、それより、……煩わしい気持ちの方が勝って。
そこでオンラインで知り合った同好の士に頼ることにしたという。
その一人が、この男である。

「……また来てたのかい、ハカマダ」
呼ばれた男がソファの背に手をかけて振り返り、ひげ面を緩めた。
「おー、アル、帰ったか。何だよ、ファミリーネームなんて他人行儀だな」
「他人だよ」

プチオフ会なのです、と、まるで見合いにでも行くといわんばかりに頭から湯気を出しつつ菊が来たのは何年前のことだっただろうか。貴方の顔を見れば緊張が抜ける気がして、と聞きようによっては失礼なことを言う菊がそれでも可愛らしく、ぎゅうと抱きしめると「公道で!」とぽこぽこ怒って、でもやっぱり落ち着きましたと出かけていった。
帰りがけにもまたアルの家に寄ってまたぽこぽこ、「ふふふふフランシス袴田なんてオンラインで名乗られたら、偽名に決まってると思うじゃないですか!」。
そのびっくりも今ではいい笑い話だ。
彼は隣県に住んでいるのでそう度々会いはしないがメールでは頻繁にやりとりしているらしい。

本の入った紙袋を彼の隣にどさりと置く。

「菊は?」
「ちょっとお仕事部屋に、封筒置きに行ってる。すぐ戻るだろ」
「ふうん」

お茶の用意もそこそこに何を見に行ったんだか。あーでも、祭典とやらの収支報告書かもしれない。ふざけたようなにやけ顔を絶やさない男だが、そういうところはきちんとしているのだ。
ふしゅーっと最後の息をあげたコーヒーメーカーにたまったのは、3.5人分。各自1杯、そして軽めのお代わり、くらいは歓談するつもりなのだと主張しているポットを睨み、取り出した自分用のマグカップにどぼどぼと注ぐ。用意してあったカップにも注いで「どうぞ」と言えば「オトナになったなあ、お前」と言われ、更にむっとする。

そこにぱたぱたとスリッパの音を響かせて菊が戻ってきた。
「おや、お帰りなさい。―――図書館に寄るのではなかったのですか」
そうだよね、毎週の習慣だから知ってたよね君は、今日俺が遅くなること。だから家に呼んだわけだ。俺たちの家に――、違う、菊の家だ、分かってる。

「なんか閉鎖されてた。区立図書館に行こうと思ったら利用カード忘れてたんで取りに戻ってきた」
だからすぐ出るよ。業腹で口にはしなかったが、アルフレッドが外出することを悟って菊は目に喜色を浮かべた。OK分かってる、君は単に誰にも邪魔されずに思う存分オタク話がしたいんだ、誰でもいいが、とりあえずは話が通じるこの男と。それだけだ、分かってるだろ、アル。

分かってるけどさあ。

コーヒーを飲む間ぐらいぐずっても文句は言われまい。

座る場所を求めて目をうろつかせた菊は、結局アルフレッドの隣に腰掛けた。こちらのソファは若干狭く、菊は行儀良く膝をそろえる。
フランシスは自分の隣の紙袋を一瞬見て、にやりと笑った。
「菊ちゃんもほんっっといつまでも可愛いけどさぁ」
「ちゃんはやめてください」
「アルも、可愛いよなあ。お兄さん、ちょっときゅんとした」
「「えー」」
二重奏。
「フランシスさん、いくら貴方のターゲットエリアが広いからって節操なさすぎですよ。純情な青少年をからかわないで下さい」
今度はフランシスも本気で吹き出した。
「時々菊のボケはシュールすぎて突っ込みに困る」
「全くだ」
憮然として同意すると、菊が眉を顰めた。
「お、『顰みに倣う』ってのはほんとだねぇ。美人がやると色っぽーい」
「もう、貴方もアルも、なんなんですか。そんなに私にはオトコギが感じられないですか」
「……色気と侠気って両立するよね?」
「するな」
フランシスは目を閉じてそらんじた。
「『縁というものも始めは他人どうし。ここでおまえさんが私の志を受けてくだされば、それがつまり縁になるんだろうじゃありませんかね』」
「…お詳しいですね」
菊が感嘆の声を上げ、きょとんとしたアルフレッドに「明治時代の小説にある、有名な台詞です。『滝の白糸』と呼ばれる女性の」。
そして、キョーカがどうのと話し始める。

気持ちは分かる。趣味が合うって、幸せなことだ、うん、ほんとに。

最後の一滴まで飲み干して、もう流石に居座る理由が無くなった、と立ち上がったアルフレッドに、フランシスがひらひらと手を振る。
「あんまり遅くなんなよ。プロのフランス料理を食いのがしたくなかったらな」
「今日は作って下さるんだそうですよ」
「…行ってくる」

ああもう、本当に気が合うことで。何がきっかけであそこまで凝るようになったのか、ともかく料理についてはいつの間にかルーティンワークの域を超えてしまった菊と、もともと料理人のフランシス。きっと台所でも楽しく会話することだろう。

あーあ。

フランシスが老若男女構わず口説くような節操無しだから、ということではたぶん無く。誰であっても、菊が自分以外と楽しく話していれば面白くないのだ。

初オフミに行く、という菊をハグしたあの日。歩き出す菊を引き留めたくて、だけどやっぱり、応援もしたくて。
湯だったような上気は、期待より緊張、喜びよりは恐怖によるものだった。見知らぬ人と会う、だけではなく、一人で街中に行く。それでも「行こうと思うんです」と、他ではない、アルフレッドに告げに来たのだ。

俺だけを頼ってくれればいい、他の人となんて会おうとしなくていい。そう言い切ってしまいたい気持ちと、もとはそこそこ社交的だったらしい菊が自分を取り戻すのを嬉しく思う気持ち。
並び立たないこの二者がせめぎ合うなか、フランシスを皮切りに菊は友達を増やし今は会社人ではないが立派な社会人だ。

今の方が楽しい、二人でできることも増えたし、二人で話せることも増えた。

それを結論として、街場で可能な最大限の速さで自転車を飛ばした。背中の真ん中がじわっとぬれるのが分かる。充分に安全を確認しながらそれでもスピードを保ってコーナーリングすれば、遠心力で何かが吹き飛ばされる気がする。
速さはいい。新幹線で東京から博多に行けば10億分の1秒、未来に着くという。少しでも先に行きたい。

自転車置き場を出て、汗をぬぐおうとリュックをあけて、初めてメールに気がついた。フランシスからだ。
「題名:今菊に聞いたんだけど!」
ぎょっとして先を読む。
「内容:アナゴさんが27歳って知ってたか?俺より年上に見える日本人って初めてだぜ(俺まだ7じゃないけど)」
知るか。
閉じようとして、しばらく行を空けたその下に文が続いているのに気づいた。
「お前が白糸だよ、お前が最初の橋だ」
「……」

『ここでおまえさんが私の志を受けてくだされば』、そう白糸が言い出さなければ、縁のできようもない。そこから架橋が始まって、今がある。

フランシスは苦手だ、アーサーや菊とは違った形で、大人だ。あんなに飄々と、えろくさい冗談に紛らわして、節操もなくて、すぐに人をからかって――優しい。
未熟なアルフレッドのいじましい工作も葛藤も見抜き、笑って流して、しかも背中を押してくれる。

あーあ。

料理が冷めるくらいがっちりレポートに取り組もうと思っていたけど、できあがりのタイミングを見計らって帰ってもいい。
そう思いながら試みに検索して読んだ「義血侠血」では白糸と村越欣弥が悲劇的な結末を迎えていて、資料の2,3をコピーしたらとっとと帰って邪魔してやると心に決めた。

 

 


18歳・秋 - 18歳・春 - 19歳・夏 - 14歳・初夏 - 15歳・春 - 19歳・秋 - 19歳・冬 - 19歳・初夏 -】 


私はオフの世界をまるっきり知らないので色々認識の間違いがありそうです。すみません…

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