※ご注意
お隣さん→同居設定のアル菊パラレル連作です。色々捏造。
同居に当たって、いくつかルールを設定された。そのうちのいくつかは脱・受験生で免除になったが、頑としてそのままのものもある。
立ち入り禁止の部屋があることもその一つ。
「日本には鶴の恩返しという物語がありまして」
「日本人は自己犠牲してでも恩を返さなきゃいけなくて、返せないとストレスで痩せちゃうって話だろ」
「……他の話が混ざってまったく違うものになってる気がしますが…ともかく、ダメだと言われたことは余計やりたくなるものだ、それが分かっていた鶴は用意周到に機織りをやめるためのタイマーをおじいさんたちに仕掛けていたんだという話です」
「それも違うだろ」
「つまり、本気で見られたくないなら、そう口にするだけではダメなんです」
だからご了解下さいね、と、菊は「お仕事部屋」に電子暗号錠を設置した。ごくごく正直に言って、菊の「嫁」たちに大した愛情を感じない――可愛い、くらいは思う――アルフレッドは、それでもロリ顔だったり猫耳だったりの彼女を愛する菊のことはそのまま受入れてているつもりなので、そこまで隠される理由は、そのルールを受け入れた今も分からない。
そういうわけで、菊が居間に持ち込んでくる仕事用資料は未成年でも、そして図書館でも読めるレベルのものばかりだ。
暇に任せて、ソファに寝転んだままだらしなく手を伸ばし、積まれていた一冊をとってぱらぱらと眺める。
思いがけず女性向けのファッション誌だったそれは水着特集で、新作のデザイン資料なんだろうかと考える。
同じ水着とは言っても悪友が見せてくれる雑誌とはずいぶんポージングが違うものだと思いつつ、それでも布面積の少なさに青少年としてはむず痒い気持ちが抑えられない。
「アル、きゃんきゃんって雑誌知…」
「ふわっ!」
思わず飛び上がる。理由はない、だけど、後ろめたい。
「…ってますね、読んでるならいいです」
「いっ、いや、いいよ」
「いえ本当にいいんです。こっち見ます」
そのまま菊は向かいのソファに座り、別の雑誌をめくりだした。冷静にキャラに似合うものを探している様子の菊に、慌てて返すのもみっともないかと手元の雑誌をそのままめくる。
似合う、か。
これだけの選択肢がある中から選ぶなんて、女の子は大変だ。男ものだってこだわれば探す余地はあるけれども、こんなにバリエーションはない。ぶかっとしてるかピッタリしてるか、長いか短いか、後は色と柄。
…菊って、どんな水着着るんだろうか。公立中高だったんだから、授業用に持っていただろうけどもう捨てたかも。今年海に誘ったら、水着を買いに行くところからかな。それはそれで楽しそうだけど。すんごい嫌そうな顔して、でも試着はしてくれるんだ、きっと。
「どんなのが似合うかな」
口に出すつもりもなく呟いていたらしい。
だから、「誰にですか?」というかすかな声に、それが菊のとも気づかず答え始めてしまった。
「きく――……!」
待て待て。今見ているのは女性用水着の特集で、それで「菊に」って。流石に女性用水着はきついだろう、ライン的に。
「あーっと、えっと、ほらあの、君が言ってた女体化?」
「はあ??」
「で!菊が女性化したとして、どんなのが似合うかなあって」
バカだ、墓穴だ。素直に言えば良かった。
――この女の子たち見てるより、君の水着姿妄想してる方がキたって?言える訳がない。
「―――私、ですか。……四半世紀も生きたおっさん相手に何を考えてるんですか、貴方は」
「いや、全然そう見えないし。見えたとしても25くらいでおっさん扱いしなくていいし。25の女性も水着着るし」
「最後、論理飛んでます」
「女性化男性化は日本人のDNAなんだって言ってたじゃないか」
「ちょ、日本人を変体動物みたいに言うのやめてください。私が言ったのは、光源氏だって『女性として見てみたい』と言われてたように、伝統的に性的越境が割合容易だったってことです」
「うん、それでね!菊がそのまま女性化したとしたら、やっぱり、すごくキュートだと思うんだ」
こういうことを言われ慣れていないのを知っていて、いっそ武器として、言葉を選んだ。目力も足す。だからお願い、照れでごまかされて。
「きゅうとって…」
顔を赤くした菊に気をよくして、そのままの勢いで続ける。
「絶対口説く。女性でオタクってどんなか知らないけど引いたりしない。ひんにゅうでもいい」
むしろいい。って、力説しているうちに支離滅裂になってきている。言わない、と決めていることをむしろ大声で主張してないか?
菊は額に手を当ててため息をついた。と、そのまま手を滑らせてほおを隠す。
「………私は、もし貴方が女性化したら」
「…うん」
「速攻逃げます」
「えー」
「妙齢アメリカ人女性のダイナマイトボディなんて直視できません、むしろ恐いです。それで貴方みたいに迫ってこられたら倒れます、人事不省です」
「ええええ」
思いの偏重は承知の上だけど、あまりにも片思いの構図がくっきりしてないか。俺はどんな菊でも好きだって言ったのに。
項垂れたわんこみたいに眉が下がるのが分かる。と、頬杖をついて顔を手で覆った菊が、とつとつと言った。
「男性向け漫画では、窓からやってくるフォーリナーはロリだろうが妖艶だろうが、女の子に決まってるんですよ。天使だって異星人だって。最終的にやれる相手として造形されるんです。――でも、そんなコがあの日来てたら恐慌状態に陥ったでしょうね」
はあ。今度はビクターの犬のように首をかしげる。話の変化についていけない。
「―――貴方が男で、よかったなあって言ってるんです。あのときも、今も」
「え、え、え。菊って、男の人が好きな人じゃ」
「ないですよ。貴方はそういう次元じゃないって話をしてるんです」
ええええ。それ喜んでいいの?
分からないまま、近づいてきた菊に頭を撫でられる。
「貴方は、そのままがいいです」
「――『あのまま』じゃないぞ」
もう窓から飛び込む身軽さはない。
「ええ、そのまま、で」
告白しない、このまま、か。喜んでいいのか―――喜んでは、いいのだろう。他の誰でもなく、同じ中身であったとしてもこの外見じゃないと嫌だと言ってくれたのだから。
「菊ぅ」
子供扱いに乗じて腰に抱きつく。ひいいと小さくもらしつつそれでも動かないでくれる菊にしがみつけば、おそるおそるといった風情で頭に手が載せられる。
三次元には興味ありません、二次元で結構。
そう言い切る菊にとって、俺はいったい何次元にいるんだろう。
――僕が守ってあげる、君を包むガラスの繭ごと。
それでいいと思ってる、それは絶対に本当なのに。
同じくらい強く思う、この繭を引き裂いて直に触れたい。
それが自分の像を地に引きずり下ろすことだとしても。
秘密にしたいなら、そのままではダメ。
暗号錠をかけない自分は、実は秘密暴露のタイマーを自分にかけているんだろうか。
タイマーごと爆発してしまえ、と菊を海に誘ったら、「オタクの夏にそんな暇あるもんですか」と一蹴された。
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