18歳・秋

 

※ご注意
お隣さん→同居設定のアル菊パラレル連作です。色々捏造。
途中で視点交代するのでちょっと読みにくいです、すみません。

 

 

抹茶とシェークだって、最初聞いたときはぎょっとした。
どうしてこの二つを組み合わせるんだと、名前を聞いたら思うような食べ物が、組み合わさったとき予想外に美味しいってことは、まま、ある。
それは認めます。
「でも、それは、嫌です」
「どうしてさ。ショーユとマヨネーズが合うのは常識だろう、ツナとマヨネーズだって合う。そして魚とショーユが合うんだから、コレは理にかなってる」
そう言ってマヨネーズのキャップを外そうとする、そのアルフレッドの手首は向かいの菊に掴まれている。
「感情的に嫌なんです」
私が作った煮魚になんて冒涜。昆布も利尻なのに。この真鰈の繊細な白身を味わう気がないというのですか子供ですか貴方。

「あ、今俺のこと子供扱いしただろ。何にでもマヨネーズやケチャップかけるなんて!って」
「ケチャップのこともチョコレートシロップのことも思ってません、ていうかその特殊読心術やめてください」

平気で人の気持ちをないがしろにする時もあるくせに、しかし原則的に聡いこの青年はことこれに関しては見逃さない。――菊が、アルフレッドの年を心の中で数えたとき。

「甘いものは人間の体に重要なんだぞ。ケーキだってきちんと甘い方が美味しいんだ」
「既に砂糖は入れてあるんです。煮魚ですから」
「……料理は、あんまり甘くなくていいよ」

そういえば聞いたことがある。ご飯を88回噛めと躾けられる――つまりデンプンを麦芽糖に分解して喉に送る――日本と、米を野菜として摂取するアメリカとでは、「食事」における甘みを許容する程度が違うのだと。その分「食後」や「間食」で糖分をとるという。

味覚が違うなら仕方ない、無理して食べて貰わなくてもいいが、預りものの高校生を飢えさせるわけにはいかない。
「お口に合わないなら、ピザか何か取りますけど」
「とんでもない!出されたものはきちんと食べるのが紳士の務めなんだぞ」

ここで苦笑をもらしたらまた「年下扱い」センサーが働いてしまう。そう思って菊の顔は複雑にゆがんだ。

「アーサーさんの口癖でしたね、それ。…今頃ご両親はアーサーさんと会われているんでしょうか」

アーサーね。アルフレッドは対菊赤面症の眉毛面を思い出す。
「猫をかぶる」という慣用句を肌で知ったのが従兄弟と菊の関係だった。
アルフレッドの父は大使館スタッフで、6年ほど前から菊の自宅の隣に住まいを構えている。4年前にはアルフレッドの従兄弟に当たるアーサーも短期留学で半年ほど間借りしていた。
大学には進まず漫画の投稿をしていた菊(今はその甲斐あって連載持ちだ)をジョーンズ宅の客間に招いては、紅茶を飲みつつ片言の英語日本語で哲学論など交わしていた。いつもはジャージで漫画を見たりマウスを光速クリックしたりしている菊に、親戚中に悪名とどろいていた元ヤン・アーサー。高尚を絵に描いたような二人の会話空間は、ビーズクッションに埋まって漫画を読みつつ聞いていても実に居心地の悪いものだった。

今はアメリカで働いているアーサーに会うという両親に、アルフレッドは菊と撮った写真を渡すよう依頼した。――牽制の気分が無かったとはいえない。
牽制も何も、海に隔てられた従兄弟がどう思おうと手の出しようもなく……そもそも、菊の側がアルフレッドについて「また隣の子を一週間ほど預かった」程度にしか思っていないのは、遺憾ながら骨身にしみて分かっている。

出会ったのはアルフレッドが小学6年生、本当に子供だった頃。
その頃菊は遮光カーテンさえ一日中閉じたまま、高校にも行かず親とも口をきかず、ただ自室で漫画と動画に浸っていた。冒険のつもりで屋根伝いにその部屋まで行き、空いてはいた窓とカーテンをがばっと開けたアルフレッドの目に、黒い目を見開いた菊は、精妙な人形のように見えた。ぱち、ぱちと繰り返される瞬きに、アルフレッドは「こんにちは!」と笑いかけ、気圧された菊が「はい」と返事した、そこで力関係が決まった。
以来、菊の部屋は随時の訪問者に備え換気と掃除がなされるようになり、押し入れには鍵が、PCにはフィルタリングソフトが施された。碧眼金髪の小さな侵入者は占領地を逆ルートに押し広げ、とうとう菊を玄関の外まで連れ出した。瞳を見つめたまま「アイス食べたい!」と10回も叫べば菊はため息をつきつつも立ち上がってくれるのだ。
こうした経緯からアルフレッドを救世主のようにあがめる菊の両親はアルフレッドの両親よりも彼を甘やかし、タテヨコともに菊を追い越した今となっては全幅の信頼をおいてくれている。もし自分が娘だったら嫁にと差し出されていたに違いないと菊は笑いながら言う。

「そういえば、うちの両親、本気で田舎暮らしする気みたいですよ」
「え、ただの旅行じゃなかったの」
「もともと『下見』って言ってたんです。冗談かと思っていたんですけど」
ああ、そう。何が「そういえば」なのかと思っていたら、冗談つながりなんだ、へー。
「でも、菊一人になっちゃうじゃないか」
「私はもう大人ですから」
「だめだよそんな!」
思わずこぶしを作ってしまい、握り箸をたしなめられる。
「危ないよ、こんな大きな家に一人なんて。町内会の人も来るし」
苦笑をしていた菊は、傍目からは気づかれない程度に眉をひそめた。身の危険と言われても笑い飛ばすが人付き合いという言葉にはひっかかるらしい。――まだ、恐いのだ。
ごめん、と思いながらつけ込む。
「ご両親も、おうちをたたむ気はないんだろう?てことはちゃんと本田家の代表としてご近所づきあいはしなきゃいけない。ずっと家にいる仕事してるんだから、なおさらだよ」
「…」
黙り込む菊。

「『僕が守ってあげる』」
「はい?」
「約束だからね」
しゃきーん、とポーズをとってみせると菊は「あー…」と炭酸の抜けたような声を出した。
菊のPCで古いDVDを見た中の、お気に入りのヒーロー。まだ日本語が十全ではなく、アクションだけを見ていたアルフレッドだったが、ヒロインにかけていた言葉が気になって菊に尋ねた。「あー…」と言いつつ訳した菊を次は発音の先生に仕立てて、アルフレッドは何度も言った。

『僕が守ってあげる』

「よ」と付け足せば、菊は「はい」と笑った。それがお約束になるくらい何度も言った。本気だって全く分かってないよねこのひと、と思いつつ。

どうにも手が出せない6歳の差。

押し入れの鍵の意味を知ったとき、菊だって18歳になってなかった筈だと憮然とした、そのときに感じた「面白くない」という気分が焦りに変わるのはすぐだった。その頃来日していたアーサーと三人で写真を撮れば「アルは前」、写っているのはどう見ても青年2人と少年1人、その身長差に苛々した。アーサーに渡すから、と、この前写真を撮ったとき、ふざけたふりをして菊の肩に手を回したのは、彼我の体格差を見せつけるつもりが無かったとは言えない。アーサーにも、そして菊にも。
体だけならもう追いついた、それを菊にも知らしめたくて。

だけど、菊は「はい、はい」と笑う。子供との、お約束だから。

もうすぐあの頃の菊の年齢になる。だけど、あのとき二人が会話していた内容は――あまり覚えてもいないが――まだ理解できていない。得意不得意、好き嫌い。そのレベルではなく、追いついていない。
アルフレッドは知らない。
あれだけ荒れていたアーサーがなぜ留学するに至るまで軌道を変えたのか、そうして最高学府に進んだアーサーと議論が交わせるほどの知識をどこで菊が培ったのか。
両親にも友人にも愛されてまっすぐ育ったアルフレッドは、そのことに感謝こそすれ恨みはしないが、二人の中に折りたたまれた襞は延ばせばアルフレッドの手の届かないところにまでいきそうな気がする。

「ねえ、俺がここに住まわせて貰えば万事解決じゃないか。うちの親も帰国するんだし」
「はい??聞いてませんよ!」
「うん、今言った。今回の帰国は家捜し」
「ちょっと、だって貴方受験するって言ってたじゃないですか」
「うん、俺は残るよ。受験ねえ…。まあ、もちろんなんとかなるけど。俺ももうオトナだからね」
わざと横を向いて言うと「ちょちょちょ」と菊が身を乗り出す。何でもいいけど、何で3回言うんだろう。かわいい、それ。
「まともにご飯も作れないくせに何言ってるんですか。貴方が一人暮らしなんかしたら、メタボか栄養失調かどっちかですよ。しかも部屋もゴミため洗濯物は山盛り、風邪を引いたら一気に倒れて食べ物も飲み物もない部屋で半死半生の目にあうってもんです。家族のサポートも無しにあんな偏差値の高いとこ受けようなんて」
相変わらず想像が突っ走るなあ。別にたいした大学でもないし、日本では金さえあれば食事に困りはしないし、本当に何とかなると思うけど。
でも、黙ったまま、ちょっと待つ。きっと菊はこう言うから。
「………分かりました、うちにいらっしゃい。味が薄かろうがなんだろうが、栄養バランス完璧な食事を提供してあげます!」
「ほら、万事解決!」
顔を戻して全開笑顔を向ける。
一瞬「してやられた」という顔をして、それでも菊は眉を顰めた。
「な・あ・に・が、解決ですか。いいですか、日本の受験は修行です。四当五落・蛍雪時代、私はその監督をするんです、見張りなんです」
「うん、ありがとう、菊」
できるだけ無邪気に見えるよう――難しいことじゃない、本気で笑えばいい――笑顔を見せると、菊はほんのりと頬を染めた。

幼い子には甘いたちだと出会ってすぐに分かった、だからわざと子供っぽく振る舞った。何かを「してあげたいから」というより、「したいんだ」とわがままを言ってみせる方が希望が叶うことも悟った。
ねえ、君に星空を見せたい、君に桜吹雪をあげたい。
それを言うのが不似合いなほど子供だという如何ともし難い事実に屈しないための「甘え」だった。
あの星、日本語でなんて言うの教えて。向こうのアイス屋さん美味しいんだって奢って。
それを繰り返して、繰り返して、だから菊は、かつては腫れ物に触るようだった親にさえ一人暮らしを認められるほど落ち着いて、他人であるアルフレッドと一緒に暮らすことを許容できるほどなついて。

そういう風にしたのは自分だから責めようもないし、成否を問うなら成功だろうけど。

ねえ菊。

君にとっては冗談でしかないことを、ずっと前から、俺は本気で願ってる。

口にはできず、マヨネーズのチューブを掴んでハートマークを描いてやったら菊のおかんスイッチがまた入った。

 


18歳・秋 - 18歳・春 - 19歳・夏 - 14歳・初夏 - 15歳・春 - 19歳・秋 - 19歳・冬 - 19歳・初夏 -】 


[家族設定で妄想を行うバトン]派生ネタ。

<<BACK

<<LIST