貴方○夢を見る (3)

 

※ご注意
フラ菊アサアルでフラ菊のような菊総受のような全6回。【


 

返事は朝だった。

昨日は美味しく楽しい食事のおかげでこれまでになく深く眠ることができ、残念ながら貴方の面影も出てくる暇がありませんでした。夢などというあてなきものに頼らずとも貴方に会える今日に感謝します。

いい「返し」だ。フランシスは携帯に軽く口づける。
恋はいつだってフランシスの気分を上向きにする。まして相手は東洋の宝石。しかも、後腐れなしの大人同士のゲームで、恋愛に届きそうなもどかしい気持ちだけを味わえる。 なんて素晴らしい思いつきだろうと、鏡の自分にウィンクを投げて、フランシスは会場に向かった。

二日目の会議はちょっと揉めた。北極海の海域拡大について、生態系への緊急対策をしようというものだったから、環境問題全体に対するほどのシビアな軋轢はない。しかし抜本的な対策を求めるルートヴィッヒが苛々と論理矛盾を突き、責められたアルフレッドが感情的に反発、賛同を求められた菊が仕方なく頷く。なにから何までいつもの通り。
これまで「全くもー菊ちゃんは−」で流していたのに気に障るのはゲームのせいだろうか。
国として現実に困るというのもあるが、それよりあんな風に他人を許す人との恋は難しい。フランシスは愛され願望が強いことを自覚しているが、そうでなくとも、恋なら自分を一番に思って欲しい。菊だってそうの筈、お兄さんなら他の人を優先したりしないのに。
いや、あんな風に唯々諾々とされても面白くないんだけどね。

フランシスは頭を振った。
余計なことを考えていると会議が長引く。今日こそ二人きりでデートするのだ。いや、「恋愛未満」縛りなのだから、「お出かけ」か。どこまでがOKラインかは個々相談だろうが、流されやすい菊のこと、ちょっとくらいいい雰囲気になれるかもしれない。
顔に出したつもりはなかったが、虫の知らせを感じて身を翻せばアーサーから飛んできた万年筆が背もたれに刺さった。

 

風に身をすくめつつ待ち合わせのカフェに急ぐと、コートに身を包んだままの菊が軽く腰を浮かせて手を振った。会場で誘えば目立つので、メールで打合せをしてそれぞれここにやってきたのだ。待たせるなんて沽券に関わるが、ホスト国としてどうしてもこなさなければいけない残務はある。
ハンター状態の兄弟をまいてくるのは大変だったろうと労うと、いえいえ、木の葉隠れの術を使いましたから大丈夫でしたよと菊はカフェオレカップを両手で包む。
冬にはまだ入らないこの季節、そして夜にはまだ届かないこの時間、オープンカフェがその価値を増す。拙宅の気候では味わえない空気感ですねとうっとり通りを見やる菊にほほえみかけて、向かいではなく隣に腰掛けて菊に体を向けた。
顔を改めて「タイムね」と指でハサミの真似をする。
「あ、プロパティ確認ですか」
「ん?いや、とにかく質問ね。なんで昨日、アーサーの誘いに乗ったの?」
「え。基本じゃないですか。ターゲットの親友に冷たくすると好感度が下がるんですよ」

…な…に?

フランシスは仰け反った。
「き、菊ちゃん、ギャルゲーのつもりでやってたの…?」
「え。そう言いましたよね?」
「いや、恋愛シミュレーションっては言ってたけど!だって、なに、俺を攻略するつもりだったの?だからアーサーに優しくしたの?」
「ええ。なのでアルフレッドさんにはどう対応していいのか迷ったんです。フランシスさんの気持ちを盛り上げるのにプラス作用するキャラクターとは思えなかったんですが、事を荒立てるとゲームエンドになりそうで」
「どこから突っ込んでいいのかわかんないよお兄さんは!」
菊ほどに恋愛シミュレーションゲームに馴染んではいないが、プレイヤーという概念くらいある。間違いなく昨日の三人は自分の立場をそれと思っていた。菊の側では三人共がキャラクターだったなんて!
「え…でも楽しそうにしてらっしゃったじゃないですか」
真実不思議そうに首をかしげている。泣きたい。
「そぉれは、菊ちゃんが可愛かったからでしょー?!」
菊は一気に紅潮した。うわ、何この人、全然予想してなかったわけ?しかし、ちょっと溜飲が下がり、フランシスは自分を取り戻して頬杖をついた。
「あのさ……ゲームのセオリーはさておき、アーサーと俺にそれは当てはまんないよ。親友というのもちょっと違うし、少なくともあちらを優先されたら嬉しいってこともない」
「ふむ」
照れ隠しなのか、中空のステータス表を見る目になった菊の前で、大きく手を振る。
「ちょっとさ、それやめない?攻略されるゲームだったら、俺すぐウィって言っちゃうから終わっちゃうよ。二人ともドキドキしつつ、でも一歩踏み出さないでいる、って設定で遊ぼう?」
「あー………。ギャルゲーというより恋愛バラエティ番組ですね?」
「菊ちゃん…」
どうしてそう商業主義的な発想をし続けるのか。悲しくなって菊の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「お兄さん本気出しちゃうよ?」
「え」
フランシスは片手をあげて多めの札をテーブルに置くと菊の手をとって立ち上がった。
「どきどきさせてあげようじゃない」
指を絡ませて先に立てば、菊は転びそうになりながらついてきた。


シャンゼリゼ通りには既にクリスマスのイルミネーションが施されている。
「la plus belle avenue du monde……」
呟いた菊の手を引いてちゅっと口づける。”世界で一番美しい通り”。決まり文句とはいえ、褒められればやはり嬉しい。また頬を染めた菊は、しかし手をそのままに微笑んだ。
「綺麗です、本当に」
「ありがとう、光が映って、菊ちゃんもすごく綺麗だよ」
「えー」
笑ってごまかそうとした菊の手をもう少しひいて顔の横の髪をさらさらといじる。
「黒檀のような黒…」
やんわりとフランシスの手を外させて、菊は言った。
「光が映って、というならフランシスさんの金髪の方が。緩やかにカールしてるから光があちこちに反射して、夢の世界のようです」
うっとりと、続ける。
「そういえば、シャンゼリゼって極楽浄土のことでしたね…」
いきなり抹香臭い単語を持ち出されフランシスは調子を崩された。ブッダの像を思い起こされては「どきどき」が遠くなる。
気を取り直して、通りを見れば有名な宝飾店の前だった。
「なあ、指輪でも買う?」
菊は目をぱちぱちして、「タイム」と言った。
「三日間のお遊びのためだけにですか?」
「え、その後も使えばいいじゃん?」
「……ああ…」
ゲーム再開、というようにカチンコを鳴らす真似をされたので、フランシスは「ああ」の意味を聞きそびれた。
「頼んで作ってもらうのではなくて、出来合のものを買いませんか」
「えー」
そうすると恋人(未満)に送るものとしては格が下がる、と不満顔のフランシスに、菊はちょっと背伸びをして小声で告げた。

「今、したいです」

う、わ。フランシスは思わず菊を見つめ直す。照れたように笑って踵を返す菊を追いかけながら、フランシスは左手で心臓をおさえた。ミイラ取りがミイラって、こういうことか?

路地に入ったところにショップを見つけて、菊は振り返った。ふふ、と照れて微笑んだ顔がいきなり固まる。どうしたのかと振り返ると、「よーう、偶然だな」と悪魔たちの兄の方が言った。

 

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