※ご注意
フラ菊アサアルでフラ菊のような菊総受のような全6回。【1.2.3.4.5.6】
会議一日目は紛糾することもなく無事に過ぎた。
菊の気分転換のためであり、あくまでごっこ遊びだと言葉を尽くして説明しご兄弟に納得の上お引き取り願ったのが午前二時。予定がすっかり狂ったが、EUの中心としての自負心から議題と議事の最終確認をして、引き続いての昼食会のメニューにも気を配り、会場の飾り付けと警備計画も再チェックして、フランスは若干睡眠不足気味に当日を迎えた。ていうかこれくらいのメシとセンスは常に用意されるべきだ、分かったか最凶兄弟!
会議終了後、フランシスはいそいそと菊のもとに近寄った。たとえ降ってわいたような恋愛(ごっこ)でも、恋は楽しい。まして反応がうぶな菊のこと。命が惜しくてR制限の範囲を我慢したようなものだったが「恋愛未満」なんて実はものすごくおいしいのではないか。恋の、一番甘いところ。
「き…」
「菊」
手を挙げかけたフランシスの前にすっと影がよぎった。菊の目が小さく見張られる。
「アーサーさん?」
「菊、よかったら夕食に行かないか。認めたくはないがこの国はおいしい店がたくさんある。紹介するぞ」
「え…」
菊は目を泳がせた。
フランシスたちに誘われた時には「渋々」という顔しか見せない、中学生のような性情をもつアーサーだが、菊に相対しては紳士然と振る舞うことがあり、菊もアーサーはそういうものだと思っている節がある。目を覚ませ、と肩を揺さぶると、菊はいつも笑いながら言うのだ。誰も皆多面的で多層的ですから。あれもアーサーさんの本当の一面なのですよ、きっと。
とりあえず今は目を覚ませ、菊。そう思いながらずい、と顰め面でアーサーの横に並ぶ。
「菊、」
「フランシスさん。今アーサーさんにお食事に誘われたところなのですが、フランシスさんもご一緒にどうですか」
「「え」」
なんで。どうして三人。そしてあれだけ「菊のため国際秩序のため」と説得したのはなんだったんだ坊ちゃん。
そこにまた混乱の元がやってくる。なんなんだこの兄弟は。
「なんだい、みんなでご飯?」
菊は斜め四十五度に首を傾けた。頷いても、頷いてなくもない角度。
「……ええ」
「どこに?」
完全に混ざる気らしい。少なくともお前は誰からも誘われてないだろう!とフランシスは心の中で激しく突っこんだ。
「…ええと、アーサーさんが案内してくださるらしいです…」
「へえ、楽しみだな!そうか、アーサーもパリに詳しいんだよね」
さあ行こう、とアルフレッドは菊の背に手を回した。
(おま、どういうつもり?昨日説明しただろ、俺が菊ちゃんをエスコートするって)
(聞いたとも、菊は疲れすぎてちょっと血迷ったんだよな。もてなして元気づけるってのがゲームの趣旨なら、エスコート役は誰でもいいだろが)
(…お前なー)
案内役の二人は前を歩きながらこそこそと話す。後ろではちょっと深刻な面持ちで相づちをうつ菊にアルフレッドが熱心に語りかけている。待て、菊の疲労の原因って半分くらいはこいつじゃないのか?そう思ってフランシスは歩みを緩め、菊に並んだ。
「何の話?」
「フランシスさん」
顔を輝かせた菊を押しのけて、アルフレッドが腕を拡げた。
「サハラ砂漠にばーっとパネルを並べて太陽熱発電できないかって話してたんだぞ。そしたらエネルギー問題はほぼ解決だ!」
フランシスは額に手を当てた。以前ヒーローを作って地球を守らせようとか言ってたっけこいつ。そいつの動力はなんだとか惑星一個を体で守れるほどの超大型機械を何でどうやって作るんだとかツッコミどころがありすぎてお話にもならなかったが。
「お前の発想ってどうしてこう、非現実なんだろうな……。送電コストって言葉知ってるか?地中海はともかく、お前んところまで届かねえよ」
「俺は俺で、ニューメキシコでやるよ。送電には超伝導を使えばいいんだぞ!」
あきれ顔で菊を見ると、存外にまじめな顔をしていた。
「送電の電気ロス問題が回避できるなら、私も北海道の風力発電で国内需要をほぼまかなえるとお話していたのです。先頃、うちで、超伝導物質を摂氏マイナス220度台で作れるようになったので」
まさか本気だったとは思わず、拍子抜けする。
「真面目におはなししてたのね…」
呟けば、何か言いたげな様子の菊をよそに、アルフレッドがしっしっと手を振った。
「そうとも、真剣に研究協力態勢について話してたんだ。夢がなきゃ新技術だって構想できないんだぞ。夢も枯れたおっさん達は、仲良く先に立って案内してくれよ」
「いや、たぶんあの店に行くんだろ」と馴染みの店をフランシスが指さした、その先でアーサーがドアを開けた。菊はフランシスを見上げて「お薦めはありますか?」と聞いた。
エスカルゴもいける店だったのだがそれは封印、海産物のサラダやのどぐろのソテーなど菊が好みそうなものを見繕って注文をした。フランシス本人の料理ではなくても自分が作るようなものだ、店の料理を褒められればやはり嬉しい。感情を表に出さないことを嗜みとしている菊が今日は恋愛ごっこの最中だからか、素直に顔でおいしさを表現するのも嬉しい。思わず頬が緩むと、テーブルの下で足を踏まれた。
「いっ?」
「にやけすぎで顔が崩れてるぜ。…菊、探してるのは塩か?」
「あ、ありがとうございます」
笑顔で受け取る。
「あ、次俺にも回して」
「はい、はい」
ぱっとかけて、「ここに置きますよ」とアルフレッドの方に顔を向ける。
菊は楽しそうだ。アーサーはツンデレを発動しないし、アルフレッドの傍若無人ぶりも通常の三分の一倍だ。ゲームだと思っているから菊の側も好意を受けるのにやぶさかでないのだろうか、いつもなら遠慮や謙遜で堅くなるような場面も笑ってもてなされている。
初心に返れば、菊の気さえ晴れるなら万事OK。だったら、別に自分との恋愛でじゃなくても目的が達成されるなら、結果オーライと言える。それなのにちょっと残念な気がするのは、思いがけず拾った金貨を大人に取り上げられた幼児の気分に似ているか。
明日は絶対に二人だけで過ごそうと心に決めて、会話に戻った。
酒が入れば恒例のアーサーとフランシスとの剣呑なやりとり、スパイスでいうなら規定三倍量という皮肉の応酬で、その当意即妙さ加減は敵ながらあっぱれというところ。アルフレッドに「本当に君たちは気があってるな」と皮肉られながらも、菊が笑うならいいやと続ける。アルフレッドとではこうはいかない。地雷の位置が見えないし、何よりアルフレッドのものいいは直截すぎてフランシスの好みではない。
菊の文学に現れる皮肉は割と好みなのだが、あの人形のような顔で面と向かってそれを言われるのはちょっと恐い気がする。ちょっと離れたところから鑑賞するには実に好みの顔なんだが、と独りごちてフランシスはワインを含んだ。
象牙色の肌が、いい。アーサーの陶器のようなそれも美しいが、肌に優しくなじむしっとりした感じがそそる。あの髪もいい。金髪より少し太くて、芯がある。指に巻き付けてもきっとまた真っ直ぐに戻る。
うっとりと眺めていたら、今度は両側から蹴られた。
「……ぃっってえぇっ」
「エロい目で菊を見んな、ワイン野郎」
「おっさん、よだれ垂れてるよ。……菊、ワインのお代わりは?」
「えっ……そうですね、もう一杯頂きます」
アルコール分解酵素が少ないそうで、菊は酒に強くない。それでも酒宴は好きなようで、抑制しながら影でひっそりと飲む姿をよく見かける。たぶん、今の一杯はその線を越えている。
そうそう、恋愛は線を越えちゃうものだからね。踏み外してしまえばいいよ。
そうしてこの胸に倒れ込んでくればいい、そう思ったのに、酒に弱くはないが自分から飲まれjにいく悪癖のあるアーサーがぶっ倒れたためにアーサーを背負うアルフレッドを二人で見守りながらホテルに戻る羽目に陥った。
「菊ちゃんにとってさ、恋愛未満ですることって何?」
帰り道にこっそり聞けば、「………交換日記?」などと意味不明なことを言ったので、とりあえずフランシスは就寝前にメールを出した。
My dear,よい夢を。
願わくばその中に俺がいますように。
>>Next