貴方○夢を見る (1)

 

※ご注意
フラ菊アサアルでフラ菊のような菊総受のような。話の切れ目で頁分けたら細かく切れてしまって全6回。
基本お笑いですが、途中重いところもあります。大変珍妙なタイトルの○は何か助詞が入ると思ってください。


 

遅刻しそうだった朝には抜き取ることさえできず放置したせいですっかり冷えた新聞を小脇に挟みお湯が沸く合間もその後の3分間も冷蔵庫にもたれて目をつぶってやっと作ったカップラーメンを持って部屋に入りとりあえず新聞をぽんと卓袱台に投げる、つもりで。

カップラーメンの方が放物線を描いて。

「畳の惨状を呆然と見ながら……もう……人間終わってる、と……」
「うんうん、でもそもそも人間じゃないしね」

酔った菊に絡まれるのは初めてではない。隣国に比べれば酒で迷惑をかけられる頻度など砂浜と砂くらいの違いがあるが、ともかく初めてではないので、フランシスはその対処法を思い出してぽふぽふと頭を撫でた。


仕事が詰まっているから世界会議前夜のレセプションを欠席するとは聞いていた。ちょうどそれがはけた頃パリに到着したと連絡が来たのでホテルの玄関で出迎えたフランシスは、移動疲れではすまされない疲労を顔に浮かべた菊を「軽く一杯」とホテルのバーに誘った。少し楽しい酒でも入れた方が寝付きもいいだろうと思ってのことで、そう長くつきあわせるつもりもなかった。自分もホスト国として睡眠時間を確保したい。
そんな思いも諦めて、絡んでるというよりテーブルに向かって呟いている菊に相づちを打っているのは、おにいさん気質とでもいうしかない性分のせいだ。長年の喧嘩相手でも、子育て相談だって恋愛相談だって聞いてやったフランシスである。そういう役回りなんだろう。だから菊が首の骨が折れたようにカクンと頷き、間接照明だけのバーにも警戒感無くついてきて、今はフランシスの肩にもたれるようにして訥々と愚痴をもらすのも、菊にとってフランシスが「そういう相手」、平たく言えば安全牌だからだ。

ひたすら国璽を押すわけですよハンコなんですサインじゃないんですいやもちろんサインだって大変でしょうけど印判は大きいし掠れるとみっともないしといって朱肉を付けすぎるとつぶれちゃうしで大変なんですしかも日本って書類が多いんですよ稟議書とかあってああちょっと前に日本的経営とかって注目されましたねボトムアップ方式がどうのって確かにそうかもしれませんがとにかく書類の量は増えるんですそれにハンコ押してハンコ押してしまいには何に自分が賛成したのか分からなくなってそれでも押して

「最近風呂に入ると、二回シャンプーしちゃったり、歯ブラシに洗顔フォームつけちゃったり、口か鼻かが湯に浸かって目が覚めたり……」

途中まで「うへー」と思いながら聞いていたフランシスだったが、最後ので思わず腰を浮かした。
「ちょっとやめてよー、そういう心臓に悪い話」

全くもって冗談じゃない。欧州統合の効果か、日本経済の影響力は相対的に落ちたとはいえ、いきなり日本が沈没しては世界は大混乱だ。極東政治バランスの崩れも見逃せない。

「……多少困りはするでしょうけど……所詮私などが消えても世界は廻ります。ほかの誰かが代わりをつとめて」
「いやもうちょっと!何そんなにネガティブになってんの。菊ちゃんの代わりなんていやしないよ?ていうかそういう問題じゃないでしょ、お兄さん泣いちゃうよ」
「……」
菊が顔を上げて真っ黒な瞳でフランシスを見つめた。

「…私が消えたら、フランシスさんは、泣いてくれますか……」

話が違うちゅーに。しかし性分がそうは言わせない。
「当たり前でしょー?号泣よもう」
すると、どこか線が切れたような顔でふにゃあと笑って
「……ちょっと、慰められました……」
ずりずり、と顔を戻す。

哀れみという感情は失礼だろうと思いつつ、流石に不憫になる。どこまで自己評価が低いんだ。自分が消えたら周りは喜ぶとでも思っているのか?フランシスとしても、「日本消失」を想像して――真っ先に政治経済的意味について考えたことは「国」として仕方がないとしても、個人としての喪失感がないわけがない。付き合いの深いメンバーはなおさらだ。号泣どころじゃない奴がいくらもいるだろう、太平洋の水位がどこまであがるか、APECの顔ぶれを考えると血の気引く。

「菊ちゃーん、ちょっと気分転換しようよ。潤いが足りないよお前さんには」
「潤い……”ぱさぱさに乾いてゆく心……」
「そうそう」
「をひとのせいにするな”……」
「ストップ!内省は美徳かもしれないけど、今はストップ。今だけの話してんだから、えーと、そう、ちょっと遊んで気分変えようよ」
フランシス、必死である。明日の会議より一生懸命かもしれない。…それは言い過ぎとしても、目の前でずぶずぶと沈もうとする人を放っておける筈がない。
「どうやって…」
「そりゃあ、潤いと言えば恋愛でしょう」
「誰と…」
助けて誰か。
「え、えー。えーと。だ、誰も思いつかないなら、おにいさんとする?」
笑って言えば、またずりずりと顔が上がってくる。真っ黒の瞳がじっとフランシスを見つめる。

「フランシスさんが、私と、恋をするのですか」

うわー、酔っぱらいだこの人。お前さんとこ「ツッコミ」が社会人スキルの一つに昇格したんじゃなかったか。そこは笑うところだろう。

「ご……ごっこね!恋愛ごっこ。ありえないこた分かってんだから、フリを楽しも?」
恋人設定だと色々シャレにならんので恋人未満設定ね、と条件を追加すると、菊はまたほどけたように笑った。
「恋愛シミュレーションですね、私得意です」
「いやちょっと違うと思うけど。とりあえず世界会議の三日間、ごっこ遊びで楽しませてあげるから」
「他の方には秘密ですね?」
「その方がいいね!お兄さんまだ死にたくないし」
周辺国の顔がよぎり、本気でぞっとしたフランシスに、くすり、と笑って菊は右手をあげ、小指をたてた。
「約束を表す日本の仕草です」
きゅ、とフランシスの小指を掴んで、菊は笑い、小指をつないだまま睡りに落ちた。
間違いなく、紛うことなく、酔っぱらいだ。

「さ、すがに……自分の性分が恨めしいかも……」

面倒見が良すぎるにもほどがあるだろう、とつながれたままの小指を見てため息をついたフランシスに、かちゃりという音が届いた。

「ああ、確かにお前はその好色さ加減を恨むべきだ」
「聞いたら君を殺さなきゃいけないような秘密って何かな?」

間接照明を受けて光る銃口の向こうに世界最凶兄弟の顔を見、フランシスはひきこもり(鎖国)の誘惑に襲われた。

 

 

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