五月 11


 

※ご注意
・(仏日)×(フラ菊パラレル)です。国側は基本国名、パラレル側は人名です。
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【フランス――5/**】

「なあ」
「だめです」
「でもさあ」
「だめですったら」
スプーンをかちりと置いて、日本は「もう!」と肩をいからせた。ああ、まだ食べさせてほしいんだけど。寝たきり状態なので恨めしくスプーンの先を見つめるだけだ。
「あなた、半死半生の体でしょう。経済が完全に麻痺してて食事もろくにとれてない状態なのに、なに考えてんですか」
確かに、すさまじい。このままだと、今月だけでストライキ参加者は1000万に至るだろう。実にフランス労働人口の2人に1人。寝ていれば直るかと思った衰弱はむしろ強まり、菊の介護でやっと食事をするありさまだ。それでも、フランスはにやりと笑ってみせる。
「えー。なにって、不埒なこと。『限界なく生き、制限なく楽しめ』って言ってんじゃん?」
窓の外を親指で指すと、菊は「それが何か?」という顔をした。
「あれ、知らなかったかな。jouirって、オーガズムの意味もあんだぜ?」
「…いつか腹上死しますよフランス人」
「え、その時はごめんね」
「ごめんねじゃないでしょう!」
顔を赤くした日本に手を伸ばす。我ながら、よろよろとした動きで笑える。確かに、こんな状態でフランス式ダイエットに励もうものなら「昇天」という言葉が比喩じゃなくなる。
「でも、折角、さー」
頬に手を伸ばすと、照れたようなふてくされたような無愛想な返事が返ってくる。
「なんですか」
「こういう関係になれたのにさー」
「…それは私の台詞です。折角受け入れて下さったのに、そのまま床に伏したままなんて、どんな拷問ですか」
思わず目を丸くする。
「………へえ、そんな風に思ってくれるんだ」
「……いけませんか」
「ないない、全然いけなくない」
「…じゃあ、早く良くなって下さい。私もそろそろ上司がうるさくて」
「そっか、帰っちゃうのか」
「ええ」

二人、窓の外を眺める。

「おまつりも、終わるね」
「…ええ」

スト解除を宣言する工場がぽつりぽつりと現れた。オデオン座も、ソルボンヌ大学も占拠は解かれたという。

日本は笑みにもにた哀しみを口にのせた。
「何事も無かったことに――」
「――は、しないからね」
細くなった手で、それでも掴む。
「彼らは権力を求めなかった。だから、政権は生き延びた。だけど、彼らはただお祭り騒ぎをしたのでもない。時の流れを止めて、考える時間、見直す時間を作ったんだ。多分、今から少しずつ変わっていく。――いい変化、だ」
「…貴方は、やっぱり、なんだかんだいって、タフですよ」
「まあ、そういう生き方だから」
日本はちょっと俯いた。
「胃痙攣、と仰っていたでしょう。あれが、始まっています。私は、貴方のように乗り越える自信がありません」
「そうなの?」
「生き方、でいうなら、走り出したら暴走体質ですから。まして、若い人たちがどう走るものやら」
「うーん」
なかなか…ブラックな冗談を仰る。
フランスは手首を掴んだ手に力を込めた。
「手を、握りに来てやるよ」
日本は微笑んだ。
「ええ、お願いします」

 

 

 

【ギルベルト――5/**】

「へー」
そういってストローをくわえ直したら「え、ちょっと」と手を伸ばされた。そのルート上にあったフランシスの水の瓶が倒れそうになり、奴は慌ててそれを掴んだ…が、既に炭酸水は俺の袖を濡らしていた。
「…お前は謝れ」
「わり」
「ハンカチ」
「はい」
差し出してきた白いハンカチで袖をぬぐう。相変わらず用意のいい奴だ。
「あの…、それだけ?」
「何が」
「俺のキヨブタ告白、『へー』で終わり?」
「他に何を言えと?お前がもてる話なんぞもう聞き飽きた」
「い、いや、もてる話じゃないんだけど…」
「一目惚れした相手に思い返されてうまくいきました、って話だったぞ、総括すると」
「あ…うん、まあ、そうなんだけど、さ…」
「にやにやすんな、腹立つ!」
ハンカチを投げ返すとフランシスは笑顔のままでそれをキャッチした。
「本田って、この前ここで同席したやつだろ。すんげえ大人しかったけど、合うのかよ、お前と」
「いや、あれでなかなか、強くて大胆で――」
他に投げつけられるものがないかテーブルを探したが、あいにく飲みものしかない。
「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!」
「いや、そういうこと言ってんじゃないのよ!」
全く、他人の色恋話など聞いて何が面白いものか。
「……ほんっとに、平気なわけ、だね。ギルベルトくん」
「あ?」
「俺が、その…」
「男の方が好きらしいってことなら高等部時代から知ってたけど」
「うっそ」
「いや、ルートが勘違いしてな。俺が狙われてるって」
ぶっ。
とっさによけて、事なきを得る。テーブル拭け、と眼で命じると加害者フランシスは素直に従った。
「一時期えらく攻撃的だったろ。兄さんを魔の手から守らなきゃって思ってたらしいぜ?バカだよなあ」
「ご、誤解が解けてよかったです」
「解けたかどうかは、しんねえけど」
「解いて!といといて!」
「まあ、それが勘違いだってことは、俺は眼ぇ見りゃ分かったんだけど、そういわれてお前見直したら、『あー』と思うことも多々あり、だな」
「多々、あった−?!俺すっげえ隠してたつもりなんだけど」
「はん、俺様の眼力をなめてもらっちゃ困るな」
いやそういうことが問題なんじゃないんだけど…とフランシスはぶつぶつ言った。そして、上目遣いでこっちを見る。気持ち悪い。
「…よかったよ」
「何が」
「お前がお前で」
「何わけのわかんねえこと言ってんだ。俺様は俺様に決まってるだろうが」
「ああ、ほんと、ギルベルト様だ」
わけわかんねえ。
「そうだ、本田ってやつ、ザワークラウト食うかな。分けてやれるぞ」
「あ、いらない」
「お前が即答すんな。あと、フランス男のねちっこさに疲れたら愚痴ぐらい聞いてやる(弟が)って伝えとけ」
「ごめん、突っ込みどころがありすぎてわけ分かんないんだけど!」
困った顔をしながら、何を想像したのか顔がにやけている。バカだ。
全く、他人の色恋話など聞いて何が面白いものか――と、ずっと思っていた。もてるくせにことそういう話題については一歩も二歩もひいたような会話しかせず、全てをあきらめたような目をしていたこいつが、嬉しそうに恋を語るなんて――まあ、今日一日くらいはのろけを許してやってもいい。

 

「不可能を要求せよ」、そんな文句を書いたビラが風にのって空へのぼっていった。


>>エピローグ


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