※ご注意
 	     ・「一週間同棲」米日です。7月の話。
 	     ・多分4話で、2話めあたりから薄っ暗くなります。
 	     ・オチも救いようがないので、苦手な方はスルーしてください。
 	      【1.2.3.4】
 	      
 	      
 	      
 
           † 一日目 †
 	      
勢いよく開けられた格子戸は桟にあたって跳ね返った。
 	        「やあ菊!!!!…………やあ、菊」
 	        居間にまで届かせようとばかりに張り上げた声に、上がり框に端座していた菊は思わず片目をつぶった。相変わらず大きな声だ。大きな体に、大きな肺。「らしい」といえばこの上なく、「らしい」。目を開きながら苦笑し、菊は立ち上がった。
 	        「いらっしゃいませ」
 	        「うん!」
 	        どん、とボストンバッグを床に置いて、起き上がりながらその手で菊の足を抱き取る。
 	        「きゃっ」
 	        いきなり腿から担ぎ上げられ、菊はアルフレッドの首にしがみついた。成人男性の重さに軽く蹈鞴を踏みながらもそれをダンスステップのようにいなし、全開の笑顔でアルフレッドは叫んだ。
 	        「Let's enjoy THE summer vacation!」
        
 	       
 	       † 二日目 †
 	      夜具に忍び入る手に気づいて、上半身だけを捻る。薄闇の向こうで水色の瞳が「見つかった」とでもいうように笑う。悪戯っ子のような顔で、けれどもそこには情欲の揺らぎがある。
 	        「え。……今日も、ですか?」
 	        「もちろん。だってそのための夏休みなんだからね!」
 	        もう遠慮も身長差も捨てた手は、そのまま袷に差し込まれる。熱い手に体側を掴まれ、引き寄せられる。仕方なく寝返りをうつと、待ち構えていた口に息ごと吸われた。
 	        「ん……ん、」
 	        「一週間、ひたすらいちゃいちゃするって約束だろ」
 	        それだけ言ってまた口を重ねる。
 	        息も、舌も熱い。
 	        胸を押し返してもまるで壁のようで、押し返すどころではない。手応えのなさが悔しくてどんと拳で叩くと、口腔が一つの空間を作ったままアルフレッドが笑った。
 	        「ちょ、……もう!」
 	        はは、と笑って、やっとアルフレッドは口を離した。
 	        「容赦ないなと思ったら噴き出しちゃった」
 	        この野郎、と思った気持ちが顔に出たのだろうか、機嫌をとるように頬骨にちゅっと音を立ててキスされる。
 	        「うそじゃないんだぞ。どごっ!て」
 	        軽く唇を尖らせて。
 	        「イターイ」
 	        なんてずるい、と菊は思う。菊の拳などには何の痛痒も感じない大男のくせに、子供のような甘え顔を見せる。袷から分け入った手で既に肌から単衣を引きはがしつつあり、腰の熱い欲望を押しつけているくせに。
 	        こうしていても、重なり合ったところからしっとりと濡れそうなほど、暑い。夏ですもの、と菊は思う。日本の夏は、脳を溶かす。菊はがばりと起き上がった。
 	        「どこが痛いんですって?」
 	        先ほど叩いたあたりのシャツをはぎ取りながら馬乗りになると、アルフレッドは逆らわず上位を譲った。その胸に口づけ、強く吸う。淡く跡さえ残ったそこを指で更に押しながら、菊は顔を近づけ、耳元で囁いた。
 	        「もっと痛くして差し上げますよ――万力で締め付けるみたいに」
 	        ず、と腰で欲望を舐めあげてやると、煽られたそれはぐんと硬度を増した。
         
 	       † 三日目 †
 	      茶殻を撒き始めると、階段に腰掛けてペーパーバックをめくっていたアルフレッドがにゅっと首を伸ばしてきた。
 	        「何をやっているんだい」
 	        「掃除ですよ。茶殻に埃を吸わせてから掃くと綺麗になるんです」
 	        箒を掲げてみせるとアルフレッドは大仰に肩をすくめる。
 	        「掃除機使えば楽勝なんだぞ」
 	        「畳なんだからこっちの方が手軽ですよ」
 	        「カーペットしいちゃえばいいじゃないか。そしたら掃除機で、さーっと!」
 	        手をすーいと前に出しつつ、近寄ってくる。
 	        「『あなたの愛する妻を家事労働から解放!そして空いた時間十分に愛し合いましょう!』」
 	        「どこの営業マンですか。そして妻じゃありません」
 	        菊は肩すくめをやり返した。
 	        「考えてもみて下さいよ。この高温多湿の日本の夏で、寝転がって気持ちいいのはどっちか」
 	        「えー?ん、ん……」
 	        腕を組んで考えるふりをしているが、顔は劣勢を認めている。
 	        そんな会話をしている間にも箒は動かしていたから、小さな家はもうあらかた綺麗になった。縁側からまとめて庭に掃きだして、ふうと息をつくと、いちゃいちゃを待ち構えていたらしいアルフレッドが首をもたげた。
 	        「終わりかい?」
 	        「いえ、これから拭き掃除です」
 	        用意しておいたバケツと雑巾を指さすと、アルフレッドは天を仰いだ。
 	        「モップでいいじゃないか!」
 	        「それが終わったら草むしりです」
 	        「除草剤でいいじゃないか!!」
        
 	       
 	       † 四日目 †
 	      メニューは原則的に菊の専任事項で、文句を言われても煮付けや冷や奴で夕食を回してきた。一週間引き籠もるために食材を大量に買い込んでいたので、変更しづらかったというのもある。けれども、予想以上に米の減りが早い。鶏肉も昼食で使ってしまった。
 	        明日の配達を依頼して電話を切った菊はふうとため息をついた。
 	        慣れていない分、高温多湿が体に響くのはアルフレッドの方だろうに、そんな理屈が意味をなさないくらい基礎体力があるのだろう。菊など分厚い肉の塊など見ただけで食欲が無くなる。明日は届いた肉を焼いて食べるとして、さて、今日はどうするか。台所で考えていたら、アルフレッドがやってきた。喉が渇いたらしい。冷蔵庫からコーラを出して飲んでは大きく息を吐き、「あれ?」という。
 	        「どうしたんだい」
 	        「夜ご飯、何にしようかと」
 	        「に!」
 	        勢い込んだその口に向けて掌を向ける。
 	        「肉は無くなったんです。明日には届くんですけど」
 	        見る間に肩が落ちる。
 	        「買い物に行く……気はなさそうだね」
 	        「棒鱈を戻してましたからね。これを甘辛く煮るつもりだったんですけど」
 	        話す間にもどんどん顔がしょんぼりしていく。醤油と魚の組み合わせが余り好きではないらしい。同じ味で鶏を揚げた時は美味しそうに食べていたのに――、と考えたところで回転扉を開けたように発想がそこへ至った。
 	        「Pasteis de Bacalhau……」
 	        「うん?」
 	        「コロッケ、作りましょうか。挽肉の代わりにほぐした鱈を入れて」
 	        「コロッケ……クロケット?」
 	        意外な名前を聞いたというようにアルフレッドは瞬きをした。
 	        「大昔にフランシスに作って貰ったことがあるな。すごく美味しかった」
 	        「フランシスさんみたいな本格的なクロケットではなくて、自己流にアレンジしたジャガイモ主体の『コロッケ』なんです。お口に合うかどうかは分かりませんが」
 	        「鱈を混ぜたジャガイモを揚げるってことは、塩味の効いたフライドポテトみたいな味だろ?食べてみたいんだぞ!」
 	        目を輝かせてそういうだけでなく、手伝うという。ならばと、遠慮せずに力仕事を割り振った。ふかしたジャガイモを潰してもらい、茹でてほぐした鱈と混ぜる。玉葱やにんにく、そしてスパイスと混ぜて溶き卵で伸ばしたものを、また手伝ってもらって一口大に成形する。それこそ大昔にポルトガルに作って貰ったものだ。でも折角だから『自己流』の方も作ろうと、分けておいた生地に小麦粉、溶き卵、パン粉をつけたバージョンも作る。
 	        小麦粉と卵を担当してパン粉担当者の前に置く作業を繰り返しているうちに、懐かしのフレーズが口をついて出た。
 	        「今日もコロッケ、明日もコロッケ、これじゃ年がら年中コロッケ……」
 	        「なんだい、その歌」
 	        ふふ、と笑って誤魔化す。
 	        「……昔――と言っても、先ほど仰った『大昔』に比べれば小昔ですが、以前うちで流行ったコミックソングです」
 	        新婚家庭で妻が毎日コロッケを作る、という歌詞だ。浅草三文オペラで人気を博した。
 	        小昔などと言いつつ、懐かしい。変革の階段を闇雲に駆け上ってきて、ふっと踊り場で息をつけた、そんな空気を感じていた頃。一般家庭にも洋食が浸透しはじめ、ハイカルチャーさえ特権階級の独占物ではなくなりはじめた、そんな時代。そして、眦に力を入れてしか相対することができなかった列強諸国と肩を並べた――という気になった頃。
 	        「へえ」
 	        ばふんばふんとパン粉をはたきながら、アルフレッドは楽しそうに身を乗り出した。
 	        「君がそういうコミカルな歌を歌うの、珍しいな。続きあるのかい?」
 	        「ありましたけど、忘れちゃいましたねえ」
 	        「ふうん」
 	        それでも節回しが気に入ったのか、ふんふんと鼻歌で歌っている。
 	        ああ、そうだ、都市に核家族世帯が多くなってきて、文化住宅なんて名前で小ぶりな家を建てた時代でもあったなと思う。水道がついていて、電気とガスが通っていて。狭いながらも楽しい我が家。実際には薄い壁に狭い庭でしかなくても、そして東京などではすさまじい建坪率でぎちぎちに密集していても、ドアを閉めれば二人きりということだけでも「城」と思えたのだろう。
 	        菊には、彼らのいじましさを笑えない。口中の飴玉をそっとそっと舐めるようにこの「夏休み」に浸っている菊には。
 	        「ふふっ」
 	        笑い声に引き戻され、隣を見ると、アルフレッドが積まれたタスクを片付けたところだった。
 	        「なんだかさ、俺たち新婚さんみたいじゃないかい?」
 	        脳内を見抜かれていた気がして一瞬息が止まった。けれどもアルフレッドの顔にそんな邪気はない。
 	        「こうやって、一緒にご飯なんか作ってるとさ。すっごく仲良し!って感じ」
 	        「……」
 	        次をよこせというように手を差し出して、アルフレッドは笑み崩れている。
 	        一つ瞬きをして、菊は肩の空気を抜いた。
 	        「そうかも、しれません。では、はい」
 	        卵液にまみれたタネを手の上にのせてやると、アルフレッドはその感触に声にならない悲鳴を上げた。
        
 	       
 	       † 五日目 †
 	      「お風呂、どうぞ」
 	        夕飯の後縁側でぽちくんとじゃれていたアルフレッドにそう言うと、一度うなづいた後、いいことを思いついたとでも言うように顔を輝かせたので、口火を切る前に断りを入れる。
 	        「お一人で」
 	        ぶううう。思いっきり頬を膨らませて音を出す。そして、ぽちくんをぐるりと前に抱きかかえて、上目遣いになる。
 	        「一緒に入ろうよ。その方が経済的じゃないか」
 	        「ここはシャワーではありませんから、経済性はかわりません」
 	        「経済は熱エネルギーを高めることにだって発生するんだぞ」
 	        「お風呂というのは熱エネルギーを保存するために人手がいるものなんですが」
 	        「それはまあ……夏だから多少お湯が冷めたってちょうどいいくらいじゃないか」
 	        笑ってしまった。理屈が破綻しているのに堂々とそんなことを言う。突破口が開いたのを悟って、アルフレッドの口が大きく半月を描く。にんまり。菊は大きくため息をついて見せながらも、やっぱり笑ってしまった。
 	      今にもあふれそうな浴槽に、天井から垂れた滴がぴちょんと音を立てて、水紋を作る。
 	        「……やっぱり別々に入った方が落ち着くんじゃないですか」
 	        「んー?そうかい?」
 	        「そうですよ。流石に狭いです」
 	        抗議をしようにも目を合わせようと首を捻れば唇が重なりそうだ。文句でも前を向いたまま言うしかない。
 	        「いいじゃないか。いちゃいちゃするためにはベストオケージョンなんだぞ」
 	        腹に回された手がわずかに締まり、耳の付け根に軽いキスを落とされる。
 	        「あの。ほんとにもう、腰が、限界で」
 	        「うん。今朝、よーーーく聞いた」
 	        「だから、」
 	        「分かってる、分かってる。今日はえっちなことしないから」
 	        「じゃあ」
 	        手をほどこうとするが、かえって抱きすくめられてしまう。腕に合わせて首も伸びてきたらしく、後頭部に鼻があたる。膝を叩いて抗議するが、鼻は耳の後ろあたりの髪の中を動き回る。
 	        「やめてください。まだ髪洗っていないんで」
 	        「うん、君の匂いがする」
 	        「だから、」
 	        「だから、かぎたい」
 	        「ちょ」
 	        「君が俺の腕の中にいる、って強く思う」
 	        「……」
 	        「愛おしいって全身で思うんだ」
 	        「アルフレッドさん……」
 	        何と答えたものかと考えている間にも鼻は動き回り、その次いでのように耳をぱくりと口の中におさめた。思わず声があがる。声の中に驚きだけでない何かを聞き取ったのだろう、一瞬離れた口はまた耳に近づき、耳朶の周りを啄み始めた。
 	        「ちょっと」
 	        「OK、分かってる。えっちなことはしないんだぞ。――君がしたいって言うなら別だけど」
 	        ね、と言いながら、手も先ほどとは動きの細かさが違ってきている。この手は菊の体を熟知している。どこが弱いのか、どういう動きが好きなのか。心にもあらず反応を返してしまう。首を捻って上目遣いに睨むと、その顔を見たアルフレッドの目が細められる。気づくと腰に当たるものは幾分かかたくなっている。
 	        「もう……!」
 	        菊は両手を握りあわせて水鉄砲を飛ばした。弾丸は命中、敵陣の撹乱に成功した。
 	       
 	       † 六日目 †
 	      「西瓜でも切りましょうか」
 	        「んー……」
 	        昼を過ぎて入り込んできた日差しを避けて畳の上に寝転がった、その姿勢のままでのぼんやりとした返事は、「そんなものじゃ足りない」という不満を示している。素知らぬ顔で冷やしておいた西瓜を抱えて座敷に戻れば、その大きさにアルフレッドはがばっと起き上がった。
 	        「まるまる!」
 	        「まるまる一個です。……食べられるなら、ですが」
 	        「もちろん!」
 	        それなら、と、菊は両端を切り落として、大きく縦に包丁を入れた。四十度ほどずらした包丁をもう一度入れて、ボート形のそれをそのまま差し出すと、アルフレッドは大きく瞬きした。
 	        「え、……っと」
 	        受け取りはしたものの、食べ出そうとしない。今度は菊が瞬きする。いかにも豪快にかぶりつきそうなのに。
 	        「種、庭に噴き出しちゃって構いませんよ」
 	        そう言うと余計に微妙な顔になる。
 	        「……君は『そう』するかい?」
 	        「その量を食べるならそうしますけど」
 	        流石にこの年でそんなには食べられない。
 	        両手に抱えたまま戸惑っている様子なのをしばらく見て、やっと気づいた。
 	        「スプーン要ります?」
 	        「うん、取ってくる」
 	        軽く立ち上がってはお勝手に走り、がちゃがちゃとあちこち引っかき回してカレー匙を手に戻ってきた。座るやいなや、すごい勢いで表に出ている種を落とし始める。表が赤一面になったところでやっとスプーンを突き立てて食べ始める。スプーンの入れ方はいかにも豪快、気持ち良く食べ進んでいく。やはり西瓜は好きらしい。「男の子」とは縁側で西瓜にかぶりつくものと思い込んでいたので、自分用に扇形に切りながらも首を傾げてしまう。
 	        ともあれ、西瓜はよく熟れていた。指先でついついと種を落としてかぶりつくと、歯に当たる音も瑞々しく、溶けては甘く冷たい雫となる。そして、体の中心を通って、腑に落ちていく。その道筋を辿るように手を袂に当てていると、ふと視線を感じた。
 	        「……どうかしましたか」
 	        一拍黙って、アルフレッドはわずかに掠れた声で「いや」と言った。そして視線を落としてざっくりとスプーンを入れる。しばらく瞬きしていた菊だったが、甘い果実の誘惑の方が強くて、そちらに目を落としてかぶりついた。三口目あたりから口の幅に収まらなくなってくる。頬に果汁がつくのを手の甲でぬぐい、ついでに唇の端から垂れたそれも指で払うと、今度はもっとあからさまな視線を感じた。あからさまな、熱も。
 	        困ったこと、などと思いながら次の一つを手に取る。まだ日も高い。腰に熱が溜まってもいない。それどころか、連日連夜のいとなみで、この身が生み出し得る欲は全てこの男の手によって散らされてしまっている。身のうちにあるものが出ただけではない、細胞の一つ一つから滴るものを全て集めて、腰の一点から吸い尽くされた。あの大きな、節ばった、そのくせ繊細に蠢く手によって。
 	      ――つう。
 	      中指の動きを、内壁が思い出し、ひくりと動いた。数枚の布に覆われた最奥の疼きが、それなのに伝わったらしい。瞳の湖面に陽炎がきざす。
 	        「無理。無理です」
 	        「何がだい」
 	        薄く笑われてしまった。これはもう、ばれている。卓袱台越しに手が伸びてきて、唇の端を指先で押さえられる。そのまま爪が下唇の線をなぞって左から右へ動く。そのゆっくりとした動きに神経が撫であげられていく。
 	        「……っ」
 	        思わず開いた隙間から容赦なく指は進入し、歯を撫でた。昨日の蹂躙を思い出し、せめて息を楽にしようと目を閉じて口を開けたら、指は身を翻すようにそこから出て行った。思わず舌で追いかけてしまうように目を開けると、いつの間にか卓袱台に片膝を乗り上げていたアルフレッドがすぐそこにいた。西瓜を持ったままだった手をつかまれ、引き寄せられる。がしゅり。手の中の扇の中骨部分を一口で食らって、赤い果実ごと再度口に分け入ってきた。
 	        がじ、ぶじゅる。
 	        どちらの歯が立てた音なのか、それはもう分からない。
        
         
 	       † 七日目 †
 	      「もし宜しければ……今夜出かけませんか」
 	        「うん?」
 	        器用にご飯を運んでいた箸を口の中に入れたままアルフレッドは瞬きした。
 	        「……デートってこと?」
 	        「ええ、まあ」
 	        「君と、今夜、デート」
 	        噛むように言葉を句切って繰り返す。
 	        「そうです。お嫌ならもちろ」
 	        「ないないないない、嫌なわけなんかあるもんか!むちゃくちゃ嬉しいよ、これっくらい!!」
 	        箸を持ったままその両腕を大きく挙げて、ぐーんと半円を描く。
 	        「……そんなに喜んで頂くようなことではないですよ。東京の中ですし」
 	        「銀座?浅草?どっちにしても徒歩じゃ厳しいよね、小ドライブ?それとも敢えての公共交通機関でいちゃいちゃデート?」
 	        「車を呼びます」
 	        「じゃあ後部座席でいちゃい」
 	        「しません」
 	        ぶうう、とアルフレッドは頬を膨らませた。
 	        「言葉の途中でぶったぎるのひどいんだぞ」
 	        「お互い様です」
 	        軽く睨んで、それから菊は鮭の最後の一切れを口に運んだ。塩が効いていてご飯がすすむ。
 	        「いずれにしても、夜です。それまでに家事を済ませますよ。今日はお洗濯日和ですしね」
 	        手伝いますよねと首を傾けて見やると、親指と人差し指で環を作った。
 	        「夜って決まってるってことは、コンサートとかかい?」
 	        「そちらが良ければ切り替えますけど」
 	        ぶんぶん、と首を振っている。日本の音楽レベルに期待していないのだろうと一瞬僻んだが、単にクラシックの気分ではないのかもしれない。
 	        「……ほたるを」
 	        「うん?」
 	        「ほたるを、見に行きましょう」
        
 	      
 	      
 	         
 	      
         
 	                 
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