※ご注意
・(アル→菊)×(パラレル)です。アルの菊以外の人(のような人)との性描写を含みます。
・パラレル菊は、ジャンルとしては「性別転換」にあたります。
・オリジナルキャラ(アルの部下?)が出てきます。
・1945.12〜1946.2が舞台なので、史実記述があります。
話の都合上、憲法制定過程等に触れますが、その論議が目的ではありません。スルー気味にお願いします。
【1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8】
一度で収まらなかった熱を持てあまして横に手を伸ばすと、アキは苦笑した。
「前金をお支払い頂いた時に、サックを『一枚』渡されたでしょう。…つまりそういうことです」
「一回しかだめってことか」
言葉以外では断られないのをいいことに、アルフレッドは体をくっつけた。少し体熱のうつったアキの体は汗で白粉の匂いも流れ落ち、アルフレッドを落ち着かせる。
「私達の肉体にも限界がありますから」
「……そんなにするの」
「私は、まあ、少ない方ですが、他のねえさんがたは一日50人くらいですね」
「そんなに?」
「『アメリカさんは強くてかなわない』そうですよ」
実に複雑な気持ちになった。ごく単純に、性的に強いと褒められれば自尊心がくすぐられる。けれども、それを語るのがこの顔で、しかも米兵の俗称として自分の名を呼ばれたのがなんだか嫌だ。
「君もそう思う?」
アキは苦笑した。
「――私は日本人と『いたした』ことがないので比べようがありません」
「そうなの?」
「ねえさんがたの多くは戦前もこうしたお仕事をしてらしたんですけどね。幾人かは、それこそ『あちら側』だったんですよ。良家の子女で、お仕事の経験も無くて、だけどご家族が全て他界されて……仕事の中身も分からないまま募集の言葉につられてここに来てしまい、最初の方のお相手をつとめた後、その足で京浜線に身を投げ出した方もいたそうです」
「君も知らなかったのかい」
「……女事務員募集、と私のもらった紙には書いてあって……お前は英語ができるから新日本女性としてお役目が果たせるだろうと養家を出されました。でも、何か予感はあった気がします」
アキはその平坦な胸に手を当てた。
「私、『ふたなり』なんです」
「なに?」
「英語ではインターセクシャル、と言ったと思います。両性具有という言い方もありますが、それよりは半陰陽と言った方が正確ですね。男と女のあいだくらいの状態。実はそれなりの確率で生まれている存在なのだそうです」
「そうなの?」
「程度問題で済む方も多いようですし、現れも様々なんだそうですが。私は生まれたときの股間の状態から女として登録されたんですけど、実は男寄りだったんでしょうね。子供の頃から背も高く、高等女学校に入ってからはいっそう肉付きも人と違ってきて……ずっと、おとこおんなと言われてきました。親を亡くして親戚に引き取られてからは、家の中でも蔑まれて、でももちろん嫁の行き手もなくて。だから、養母に『女性として』と言われたときの表情に、何か感じるものはあったんですが、家を出られるならとここに来たんです」
「アキ…」
アルフレッドは耐えられなくなってアキの首に顔を埋めた。アキは淡々と続ける。
「だからなんだろうと思いますけど、潤滑液の分泌が足りないし、多分他の方より狭いんです。色々具合が悪いので嫌がられることが多いんですが、………それを無理矢理するのがいい、という方もいらっしゃるので、稼ぎは少ないながら、置いて貰ってます。そういう方には、男のなりの方がむしろ喜ばれるからと、髪も切られ、服もシャツを着させられます」
アルフレッドは唸った。
それは、つまり、なにか?性欲を満たすと同時に日本の男を蹂躙したいという米兵の復讐心をアキは浴び続けているということか?
アキは自分の前髪を一束つまんだ。
「一生懸命、伸ばしてたんですけどね…」
顔をあげて、真上から観察する。このアキの髪が伸びて、肩を越して。口に紅をさして、華やかな服を着て。そうしたら、アメリカ女性の体格からすればまだまだ華奢なアキは、とても可愛らしくなるだろうに。
「女らしくなりたい?」
「……体が折れるほどそう願った時期もありました」
急に思いついて、アルフレッドはアキの体を抱いたまま上半身を起こした。
「君のお休みの日にさ、ちょっとやってみようよ。鬘被ってさ、お化粧もちゃんとして」
「はい?」
「俺と並べば相対的に背が低く見えるし、街を歩いても全然おかしくないと思うぞ」
「貴方と?」
目をぱちぱちさせている。
アルフレッドにはとてもいい思いつきに思えた。多分、ここに来る罪悪感も飛んでしまうだろうという予感がする。しかも、人を喜ばせることができる。
アキはしばらく黙っていたが、やがて苦笑した。
「私――貴方の名前も知りません」
「そうだっけ」
「一緒に歩いていただく理由もありません」
「理由は――なんでもいいさ、君の笑う顔が見たい、とか」
「そんな後付の理由…」
「そんなことない、見たいぞ。でも、別の理由がいいなら考える。あ、名前は、ええと、ファミリーネームは、ジョーンズっていうんだ」
この声でアルフレッドさんと呼ばれたらどんな企ても無効になる気がして、使うことのほとんどないファミリーネームを引き出した。
「ミスタ・ジョーンズ…」
「うん。あ、そうだ。菊へのプレゼントを選んで貰うってのは理由としてどうかな」
しばらく黙っていたアキは、くしゃ、と笑った。
アキを抱くことを神は許すだろう。
そして、愛欲の対象から外れた菊を、慈しむことも。
やっと分離した二人の姿に、アルフレッドは心から満足した。
いい気分のままに、車を拾って菊の病院に向かった。
手土産がないやと気づいたのはドアをあけたときだった。
「……」
体を起こして窓の外を見ていた菊は、ドアを開けた右手もそのままに言葉をなくして立ち尽くすアルフレッドを不思議そうに見た。
「こんにちは……どうかなさったんですか?」
「ごめん、いきなり思いついて来ちゃって――何も持ってこなかった」
菊は瞬きをした。
「……いつも『いきなり思いついて』いらっしゃってるのかと思ってました」
「うーん、いや、そうなんだけど」
言葉の選択に迷って、結局アルフレッドは正直に言った。
「いつもは、『君に何かあげよう』と『いきなり思いつく』んだけど、今日は、単に君の顔が見たくなったんだ」
「は…?」
菊はさっと顔に朱を走らせた。
アルフレッドもそれにつられて赤面する。しまった、正直過ぎた。誤魔化そう。窓に近寄って下を見る。
「何か見えるのかい?」
「いえ。風が心地よいな、と」
顔をあげてふうわりと笑う。血色もいい。
「今日は気分がいいんだね?」
「ええ。おかげさまで」
ありがとうございます、と菊は深々と頭を下げた。
「アルフレッドさんも、機嫌が宜しいようですね」
「うん。ここのところちょっとぐちゃぐちゃしていたことがすっきりしたから」
「それはあの……憲法の?」
「あ、いや」
ちょっと眉が寄る。
「今は、待ち状態みたいだ」
憲法問題調査委員会の動きは噂にしか知らないが、民間草案と比べても芳しくないらしい。どちらにしたところでアルフレッドにどうこうすることはできないが、GHQは干渉するかもしれない。それだけの権力があの上司にはある。
「ごく、プライベートなことでね」
菊は、小さく笑みを浮かべた。
「……恋でも実りましたか」
「え」
思わず勢いよく振りかぶった、そのせいで、菊を驚かせてしまった。菊は大きく目を見張った後、また先の笑みを取り戻した。
「そうですか。…つい忘れがちですけど、お若いんですものね」
「違う、ぞ」
「それは失礼。では仮定の話ということで……もしそういうことになったのなら、今ほどお見舞いに来ていただかなくてよいですよ。おかげさまで随分回復しましたし。そういう時間は大切になさるべきです」
「だから、違うって」
苛々と遮ったアルフレッドに構わず、菊は続けた。
「ええ、仮定の話ですって。いずれにしても、そろそろ退院しなければいけませんね。もうすぐ他の極東委員会の方もいらっしゃいますから、私も心の準備をしなければ。…ああ、やはり少し気が重いですね」
「菊」
「王さんやアーサーさんに、会わせる顔が」
「菊!」
肩を掴むとやっと菊は黙った。沈黙が場を支配する。
確かに、極東国際軍事裁判所条例の成立も見えてきて、あとはスケジュールの問題となった。アルフレッドの、アルフレッドだけの手の中にいた菊は、かつての敵対国に晒される。アルフレッドの上司たちの思惑と、イヴァンや王の言い分は食い違うことが既に予想されている。だけど、味方だろうアーサーの名前が出されたことに、いま、妙に心がかき乱される。40年ほど前、その二人が立ち並ぶ姿は苛々するほど絵になっていた。
「……違うって、言ってるじゃないか」
「分かってるって言ってるじゃないですか」
珍しく菊が抗う。
「私の言ったことに何か間違いがありますか?」
「全部正しいと?アーサーが来るから心の準備が必要だってのも?」
「は?何の話です?」
その大仰な眉のあげ方に、余計に猜疑心がつのる。
「君が言ったんじゃないか!」
「そんな風には言ってないでしょう――ねえ、どうして私達、言い争いをしているんです」
「君が!――君が……」
「……」
掴んだ着物を、力なく離す。
菊が、『もういい』なんて言うから。
たったそれだけで、こんなに取り乱すなんて。
「――ごめん」
姿勢が姿勢だけに抵抗できないのを分かっていて、抱きすくめた。菊ごと押さえ込まないと気持ちがあふれ出そうだった。
やっぱり、だめだ。
菊が好きだ。
アキのことを身代わりにするつもりは――しているつもりはなかったけど、こんな風に心をかき回すのは、彼の方だ。彼女じゃない。
俺はやっぱり、神に見放される同性愛者で、しかもその欲望を他人にぶちまける卑怯者だ。
ヒーローなんてどこにいる。
菊は抵抗もせず抱き込まれていたが、数分にも数時間にも思える時間の後体を離した時に、小さく「嘘つき」と呟いた。
あがった体温のせいで、二人の間には白粉の移り香が漂っていた。
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