SSSsongs7(アル菊前提アサ菊のアル菊
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事後、うつぶせになって体を冷ますのが彼の流儀だ。 菊の曲線はどこまでもなだらかだ。確かに、肉の薄い背中からは肩胛骨も背骨もごつごつと存在を主張するし、やはり女性とは違う尻も脇に窪みを持つが、その全てが柔らかな体毛にけぶり、肌触りを優しくする。 決して口には出さないが、アーサーは寂しい人だと、彼の恋人を見るたび思っていた。彼は言葉でも行為でも安心できない。彼は、自分がはめた首輪を、それが首につけた擦過傷を見て漸く安堵する。所有印を残し、時には縄で、時には手錠で、間違いなく相手が自分に縛られていると、だから離れていかないと確認できなければ不安で仕方がないのだ。 そんな風に思わせたのは、多分、俺なんだろう。 俺は彼が好むそうしたアイテムは使う気になれない。愛する人を縛りたくなどない。ただ、愛してくれるように、愛し続けてくれるように、最大限の政治工作を行うだけだ。
庭の作り方に文化が出ると言ったのは誰だったか。イギリス庭園は隅々まで人為に支配される(俺はそんな面倒な手入れをしようとは思わない、芝があれば十分だ)。 筋肉をなぞっていた指は足の先にたどり着いた。指の股まで全ての線をたどりながら、今度は足の内側を戻る。ふくら脛の凸カーブ、凹カーブ。膝関節。彼の皮膚はどこであっても瑞々しく、だけどその潤いは彼を冷やし、彼を寂しさの膜で包む。 針金さえ用いて形を強いる生け花に、手順が一歩違うだけで乱れてしまう枯山水。 「やめてください」 今度は声に出された。 「どうして」 やましいことなどないんだろう?言葉は発されず腹の中にわだかまる。 「別に理由などありませんが。くすぐったいんです」 やましいことなどありません、…やましいなんて言葉、考えつきもしませんでした。そんな口調で菊は淡々と返す。擦過傷の無い菊の首、赤い痕のない菊の手首。 その美しさが、天然を装った人工が、胸を締め付ける。 痕を残したがる彼が痕を残さないことが、彼の本気を示している。 動揺のかけらも表に出さない菊の心臓は、何重かの地層の下で早鐘を打っているのだろう。 どこまでも広がる静かな皮膚、完璧に装われた平穏。守られる秘密。
こうまで、彼らは、「それ」を守る。
そして、それなのに。
――愛に綺麗も汚いもない。計算も工作も思いの発露であって、純愛とそれらは価値の違いをもたない。 そう言い切る以上、了解しなければならない。「造られた無為」は、裏切りであると同時に、二人の祈りだ。 彼らは、俺を喪いたくないのだ。
人差し指を入り口に、額を菊の背中につける。 勝手だと、言えば言える。姑息だとも。だけど、公正で純粋な愛なんて、俺こそが知らない。子どもの頃アーサーと交わしていた気持ちはそれに近い気もする、けれども、だからこそ、それではつなぎ止められないことが、二人とも分かっている。心を残したまま背を向け合った、あの日の雨は心の奥で、まだ止まない。
奥歯を噛み、額に圧をかける。呻きを漏らすまいと顎と瞼に力を入れる。眉を皺になるほど寄せて、それでも歯の間から感情が漏れ出てしまう。 菊、この空気に放散する俺の心の、どこまでを君は読んでいる?
無理に差し込んだ指の力で、彼の中がまた開かれていく。 肩をあげ無理な姿勢で振り返った菊と目があった、その時指が奥に届き、菊は小さな叫びを漏らした。 拒む言葉を持たない彼の、しかし地下に秘めた激情が指を焼く。
「……火山の国だね」
菊は目を見張った。感情を完璧に押し隠していた黒曜石のような瞳から、音もなく雫が落ちた。
幾山河(いくやまかは)こえさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく(若山牧水)
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