SSSsongs43(普にょ日)

・salvageの「I scream.」(幼なじみ他校生パラレル)の大学生編です。←を先にお読み下さい

・にょ日です(が名前は「菊」です)。苦手な方はお戻り下さい。

・二周年記念の10/1 00:14様リクエスト『ギルベルトくんと菊ちゃん』。このパラレルのことじゃなかったらすみません…。

 


 

合格の秘訣は何ですか、と聞かれるたびに「努力と根性」と答えてきた。苦手科目の克服方法だの論述対策だのを聞きたがっていたかもしれない後輩には申し訳ないが、それ以外言いようがない。とにかく、努力した。頭の中は飽和状態、心臓はプレッシャーと閉塞感で破裂寸前、それでもとにかく根性で乗り切った。ここで潰れたら置いて行かれる。
同じ質問に幼なじみは「……自分を信じること?」と答えたという。あんたが自分を信じてない瞬間なんかありましたかよだ。いつだって自信過剰、テストの日だって意気揚々だったじゃないのと思い出せば苛つきが炎のようによみがえる。
ともあれ、無事同じ大学に入れた。誰より喜んだのは隣家のご両親だ。良かったの前に、宜しくお願いねほんとにお願いねこの子ほんとアレだからとお母さんには両手を捕まれて、いかめしいお父さんにまで頭を下げられた。ちょっと待てちげーだろ逆だろとギルベルトは喚いたが、当人を置き去りに、菊が決めてきたアパートと「スープの冷めない距離」に部屋を決めて合い鍵まで渡された。「別に家の中まで世話してあげてってことじゃないの、でも絶対あの子鍵無くすから預かってて」。んなことしねーよ!と吠えたくせに、この半年で三回鍵目当てで呼び出された。
ギルベルトの部屋の中は、意外に片付いている。実家でもそうだったから菊は驚かないが、鍵が無いという馬鹿者に連れられて来てそのまま、手を扇の代わりにしながらドアの前で待っていた友人らしき人々は部屋に入るなり驚きの声を上げた。「合い鍵作ったら返してね」と引き返そうとしたところを、大学一年だというのに妙にかっこよく顎髭をたくわえた美青年に腕をとられ、そのまま宴会に引きずり込まれた。フランシスと名乗ったその男は、ギルベルトと同じ学部だという。
「こいつもね」
アントーニョと名乗った関西弁の男はまだ驚いたように本棚を見ている。ギルベルトはよく本を読む。頭の半分では本に描かれた古代世界に入り込んで俺様大活躍をやっているらしいが、残り半分では神話世界に描かれた精神性を分析している。出版社ごと判型ごとにきっちり並べられた本棚には専門書もif戦記ノベルズも混じり合って、整然としたカオスを形作っている。初めて見ると、確かに驚く。
「日記もびしーっと並んでそうやな」という一言にギルベルトが固まったため、二人は喜びいさんで本棚を物色したが、それは見つからなかった。横を向いて口笛を吹いているギルベルトは空々しいが、日記をつけていたなんて菊も知らない。中学生の頃は割と頻繁に家を行き来していたから、もしその頃から書いていたのだとすれば、菊にも内緒だったのだ。ふうん、と菊は思う。
日記発掘を諦めた二人は、その分菊から過去エピソードを聞き出そうとした。なかなか困る。何せ、どのエピソードなら大学生男子の暴かれる過去としてセーフなのかが分からない。菊の基準で言えばほとんどがアウトだが、男同士なら笑い話なのかもしれない。
そして、高校時代は部分的にしかつきあいがない。
市立図書館、学習室、うだる夏、階段を吹き抜ける風、そして――
唇に手を当てて黙り込んだ菊の髪を、気づけばフランシスが一束さらっていた。
「きれーな黒髪だねー」
「え、あ、りがとうござ」
います、の言葉が出るより前に、フランシスの手はギルベルトの手刀ではたき落とされた。
「菊、東京はこういう男ばっかりだから油断すんな!」
油断しまくって鍵落とした男に言われる台詞ではない。はいはいと受け流しメアド交換をして、にこやかに宴席を離脱した、それが夏休み前のこと。

菊が知らなかっただけでフランシスは有名人であるらしかった。やっと始まった後期のキャンパスで、違う女の子と並ぶフランシスの姿を何度見たか。菊の学部にも、あこがれの視線を送る同級生や頼んで一日デートにつきあってもらったという女の子がいた。それを見ていると、「彼女またはその可能性のある子」に対してと「友達」に対してははっきり態度を変えているらしかった。会えば気さくに話しかけてくるフランシスは気持ちよく「友達」への態度を向けてきていて、女子校生活で男慣れしていない菊を安心させた。学部やサークルには、どう対応していいのか分からない言葉をかけてくる男子もいて、菊を困惑させる。文化祭カップルならぬ、学祭カップル狙いの雰囲気が秋の大学には漂っているのか、ただの社交辞令というには流しにくいお誘いをいくつも受けるようになった。こんなに凡庸なのにどうしてでしょう、と愚痴ると、フランシスはあっさり答えた。
「凡庸に見えるからじゃない?」
「に見える、というか、そうです。普通です」
「あ、それは違うよ。普通っていうのは、周りと同じってこと。菊ちゃん、髪は黒いままだし、化粧はしないし。ほら、周りと違うでしょ」
「……」
周りが全部、自分と違うわけではない。こういうのは大学のカラーでずいぶん違う。ここには化粧っ気のない女子も、茶髪にしない男子も多い。新宿渋谷あたりにいるような派手ななりの子は皆無で、けれどもやっぱり黒髪すっぴんの菊はちょっと浮いている。
「……だったら、普通にしていない私にどうして……」
「うーん…。ちなみに、なんでしないの?したくないの?」
「そういうわけでは」
ない。「なんですんの」なんて言われていなければ、むしろ、したい。地元にだって高校生の頃からきちんと顔を作る女の子はいた。文化祭の時に見た、ギルベルトの母校の子たちもそうだ。教師をごまかす薄化粧テクを身についていて、男子への態度はすでに「女」だった。ギルベルトの肩にぽんと置かれた手を思い出すたびに、耳の後ろあたりが引きつる気がする。
「したらいいじゃん、口紅くらいさ」
そう言って、フランシスはふいと距離を詰め、人差し指の背ですっと菊の唇の輪郭をなぞった。
「――!!」
飛び退った菊に、フランシスは両手をあげ、ホールドアップの姿を示した。
「ごめん、悪かった」
「………いえ、怒ってなど」
「いるよね。ごめん、ちょっと、予想しつつやった」
「何がですか」
「聖域なんだよね」
「だから何が」
「お互いにね」
意味が分からない。
「話を戻すと、なぜ凡庸に見える女の子がもてるか。それは簡単、御しやすく感じるからだ。世間ずれしてないように見えるからね」
「え……、つまり、私、軽く見られてるってことですか」
「そう。だから、裏目に出ちゃってるんだよね」
さっきから、彼の言葉は省略が多すぎてよく分からない。主語はなんだ。
「別に、そういうやり方だってありだよ。俺たちがされたみたいに、分かりやすーく、見せびらかして、牽制すりゃあいい、全面的に。どっちつかずだから菊ちゃんが困るんじゃんねえ」
「……」
むしろ今話が分からなくて困ってる。口を曲げた菊に、苦笑を見せて、フランシスは携帯電話を取りだした。
「もしもーし、ギル?菊ちゃんがストーカー被害にあってるの知ってる?」
何それ、私が知らない。声を出そうとした菊を制して、フランシスは深刻ぶった声で続けた。
「うん、今そっちの学部棟。通りがかったらちょうど姿見たところだったらしくて相談されてねー。ちょっと怖がっててかわいそう……」
フランシスの大捏造話が終わらないうちに遠くから突っ走ってくるギルベルトが見えた。フランシスは終話ボタンを押して、菊にウィンクした。
「うまく話あわせてね」
「いやあの、何が何だか」
「こういうフカシを聞いたら、あいつ四六時中菊ちゃんを守ろうとするでしょ。あのうぜえ男が横にいる女の子に手だそうなんて根性ある男子は、少なくともこの大学にはいないと思うよ」
「……はあ。騙すんですか」
「自分たちをね」
また煙に巻かれた。と、どどどどという音とともにギルベルトが現れた。
「きーーーーーくーーーーーー!!」
走ってきたギルベルトはがっしりと菊の肩をつかんだ。
「無事か!?」
「ええ、もち…、いや、なんとか」
「だっから東京の男には気をつけろって言っただろうが!こういう節操なしがうようよいんだぞ!」
指をさされたフランシスは眉だけしかめてみせた。
「俺、すげえ義理堅かったよ?って、聞いちゃいねえし」
「ストーカーって、アパートか?学校か?」
「あ、ええと…」
菊こそ知らない。口ごもっているとフランシスがすらりと引き受けた。
「大学周辺だけだって。でも心配だよねー、行き帰りとか、尾行されちゃったりさ」
「ああもう!俺に言えよ!だったら行き帰り俺と一緒にすればいいじゃねーか!サークルの後も迎えに来るからな!」
「え、いや、だってそんな、友達になんて説明すれば」
「カっ」
菊の言葉を遮る、裏返った言葉に菊は首を傾げた。
「カレシだって言やいいだろーがー!」
「えっ」
ストーカーの作り話をどう説明するかを考えていた菊は、思わぬ台詞に顔を上げた。目を見張る菊に、ギルベルトはかーっと頬を赤くした。
「いいいいいいいいや、言うだけ、なら、そう言えばいいだろって!!」
「えっ、あっ……ああ、そういう、こと……」
「そ、そういう、こと……だ!」
いつの間にか少し離れて携帯電話をいじっていたフランシスはそこでぼそっと呟いた。
「って自分たちを騙すのもありなんじゃなーいー?」
「……っ!」
よく聞こえなかったらしいギルベルトは「あ!?」と眉をしかめたが、フランシスは耳を指でほじって素知らぬ顔をしている。やがてぱたんと携帯電話を閉じて、フランシスはギルベルトの肩をたたいた。
「守ってあげなさいね」
「言われるまでもねーっつうの!」

その日から本当に行き帰りを待ち合わせてするようになった。女子率の高さに尻込みしていたらしい学部の教室にも来るようになったし、サークルの後も待ち合わせるようにした。よく話しかけられていた男子に「あの人、誰?」と聞かれ、嘘をつくのが得意でない菊は「あの、その……かっ、か、」とK音を繰り返していたら「分かった分かった」と頷かれた。本当に「分かられて」しまったらしく、菊の周りは平和になった。あの時「瓢箪から駒、は、いつになるかねえ」とメールをくれていたフランシスは相変わらず誰からも恨まれずに浮き名を流している。あんなスマートな恋愛ができる大人に、「男」と「女」になれる日は来るのだろうかと考えると、絶望的な気がする。何せ、相手は永遠の中2病だ。こちら側の奥手っぷりも高校三年間で堂に入ってしまっている。
それでも、満員電車でさりげなく空間を作ってもらったり、図書館本がごっそり入った紙袋を当然のように持たれたりすると、そうか、本当に逆のつもりだったのだなあ、と思い、胸の底がじんわり温かくなる。宜しくお願いね――ちげーだろ逆だろ。
ぷしゅうと音がして、最寄り駅に電車がついた。今日はサークルが長引いて遅くなってしまった。秋の日はどんどん短くなる。一歩電車の外に出た後思わず身震いして「さむっ」と言うと、その声がハモった。見上げると、くすぐったいような顔でギルベルトが見返してくる。
「今日、飯どうする。どっか寄ってく?まっすぐ帰るか?」
「うーん、鍋にしようかなあ」
「いいなー、うまそ。鶏?」
「海鮮がいいなあ。エビカニホタテ」
「このブルジョアがー」
懐かしい。くすりと笑って、菊は続けた。
「今日は、鍋に」
「もう聞いた」
「しよっか」


 

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵万智)

 


 

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