I scream.


・ツイッターのお題診断。
・お題は「 学パロ(他校生同士)なぷにち」。にょにち。
・ほとんど原形をとどめていませんが、北村薫『夜の蝉』所収「夜の蝉」のパロというかなんというか。
苦手な方はお戻り下さい。


 

そう汗をかく体質でもないが、それでもスカートという当て布がなくなった膝の裏辺りは数十分座っているだけでじわっとにじんでくるものがある。一般閲覧席と切り分けられた(と思うのは高校生の僻みではあるまい)学習室は、椅子の座面に布を張ってくれるでもなく、体感温度も高い。一度、目の前の幼なじみが司書に抗議に行ったが、司書はそのすぐ裏にあったコントロールパネルを見せて慣れた口調でのたまわく、設定温度は学習室の方が低いんです。皆さんの勉学への熱気が籠もっているんですね!
勉学、なんて格好つけないでほしい。早く終わればいいのに、受験なんて。そう思いながら前を見ると、ギルベルトは大きく口をあけた。
   あ
菊は瞬きもせずそのまま顔を見続ける。
   い
「……」
全く、と菊はため息をついた。……まさかわざとか?この暑いのに、さらに、わざと体温を上げさせようとしている?
―――そんなはずはない。あくまで幼なじみなのだ。少なくとも向こうの認識の中では。
   す!
「はいはい」
ノートを閉じて重ねると、既にノルマを終わらせていたらしいギルベルトは勢いよく立ち上がった。

この市立図書館には小さな食堂兼売店が併設されていて、安い(そして値段相応の)うどんだのいなり寿司だのを食べることができる。隣の市のようにおしゃれなカフェに改装すればいいのにと思うが、もしそうなったら、ギルベルトはそこに菊を誘わないかもしれない。このチープさを愛しているらしいのだ、このゲルマン人は。

「当然ガリガリ君だよなー。ラムネ味以外は認めねーぜ!」
「私はダッツのクッキー&クリームの方が好きです」
「このブルジョアめ!」

その台詞のどこが気に入ったのだか。この三年間でもう百回は聞いた。今通っているお嬢様学校を受けると言った時、合格したとき(これはタイミングとしてやはり変だと思う)、初めて制服姿を見せたとき。修学旅行が国外だと言っては「ブルジョアめ!」、東京の大学を受験する場合に使える宿泊施設があると言っては「ブルジョアめ!」。

北東向きの外階段は日陰になっている上に風も吹き抜ける。ギルベルトは既に、踊り場の手すりにもたれて、半ば背を宙に出しながらアイスを食べ始めている。ハーゲンダッツなんて置いてある売店ではない。菊は自販機で買ってきた缶入り冷茶を額にあてて、暖ならぬ涼をとる。

「金はかかってんのかもしんねーけどよ、色気ねーよな、お前んとこの制服」
菊の学校では受験生用の夏季講習がある。その後の待ち合わせだからそのまま来てしまう。ギルベルトの学校は私服校だ。タンクトップの上に軽く羽織っていたシャツを、今は脱いでいる。こういう格好だと細いように見えるギルベルトの腕にもきっちりと筋肉がついているのが分かる。菊はぷいと顔を背ける、ふりをして目線を外した。
「高校生にそんなもの必要ありません。清楚にして可憐。透けない、着崩れない。それが必要十分条件です」
「あ、お前んとこもう数学全部終わった?」
「ええ、一学期に」
「だよなー、進学校はそうだよなー」
やっぱ自分で先までやってかないとなー。ギルベルトは腰に当てた手すりを支店に背のほとんどを中空に投げ出した。

多分意訳すれば「気にいらねえ」となるのだろう、「ブルジョアめ!」と言った後、ギルベルトはごねた。違う高校を受けると言った時だ。文句は言うけど言えば後腐れがない、それだけがいいところのはずの幼なじみは、「一緒に公立行こうぜ−、近いしよー」と、夏服の袖を引っ張って振り回した。そういえば今のとは桁違いに安かった中学の夏服は袖の空きが大きくて、多分それに気づいたのだろうギルベルトもすぐに手を離し、向こうを向いた。
「なんで違うとこ行くんだよ…」
ばかやろうと言ってもいいですか、と、受かれば行くはずの学校の神に尋ねた。
あんたがこともなげに大学進学のことを言うからでしょうが。牧歌的な近所の公立の中にいては、私の頭では行けないような大学の名前を出すからでしょうが。
10回書いてやっと覚えられる単語を一目見ただけで覚えてしまう、どんなところにいようとレベルを維持できてしまう幼なじみを追いかけるために、どんだけ水面下でバタ足やってると思ってるんです。
汝の隣人を愛せよと神に窘められ、菊はそうした言葉を飲み込んだままだ。

「先輩から聞いたんですけど、うちの学校、卒業式の前に、化粧講習があるんですって」
「はあ?」
「化粧品メーカーの美容部員の人が来て、化粧とはーとか、その方法はーとか、やってくれるんだそうです」
「なんで。色気なんていらねえんじゃなかったのか」
「高校時代に自力習得する生徒が少ないからですかねえ」
「しなくていいだろ。微分積分じゃあるまいし」
「そんなこと言っても、……貴方のクラスメートはできるでしょう?」

招かれて、文化祭に行った。ドラキュラなんだか狼男なんだかよく分からない仮装でウェイターをやっていたギルベルトに「俺様かっこいいだろ?」と言われて絶句したものだ。それはともかく、出してくれたクッキーとコーヒーは美味しかった。そして、それらを作ったのだろうクラスの女子は、――小さな声で何かを囁きながら親しげにギルベルトの肩を叩いていた――ギルベルトも何か慌てた様子で顔を寄せて囁きかえして――ものすごく、かわいくて、おしゃれだった。

「知らね。学校以外じゃ会わねーし。ていうか、お前だ。なに、お前、高校出たら化粧すんの」
「するでしょう、そりゃ」
「なんで」
「なんでって…!」

神様、はたいてもいいですか。

「でもよー、講習って要るか?単に塗りゃいいんだろ」
「分かってないですね。肌は酸性なんですよ?それに酸性の化粧品をそのまま乗せたら……」
「あーあーあー」
アイスバーをくわえたまま両耳をふさいで見せて、その後、ギルベルトはそのアイスバーをいきなりつきだしてきた。食べろというのだろうかと一瞬戸惑っていると、思いがけない柔らかな手つきで、その冷菓を菊の唇に乗せた。


「――」

 

日陰とはいえ、気温が高い。唇の上に乗せられたアイスは体温で溶けて液体になる。それを、溶けない塊で伸ばすように、ギルベルトの手はゆっくり横に動いた。口角から中央へ、そしてまた口角へ。菊は小さく口をあける。上唇。人中のラインにあわせてゆっくりと上下に動いたそれは、口角に戻って、止まった。

しばらくそのまま動きも周りの空気もとめていたギルベルトだったが、やがて、「ほーら、俺様にできないことなんてないんだぜー!!」と言ってくるりと向きを変え、そのアイスを勢いよく囓った。

 


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