Kopernikanische Wende

アル菊

アメリカ×日本(開戦直前回想)

問題:最後、二人はどこにいるでしょう。

「こんにちは」
呼びかけた日本の声は、震えていなかった。対するアメリカの返事も。
「やあ」
日本は静かにアメリカの隣に腰を下ろした。波は穏やかで風も無い、堤防から足を投げ出しても不安感はない。金門橋は傾いた日の光を受けて鮮やかに光っている。世界は美しい、と日本は思った。

最終解決案は拒否された。
代わりに提示された日米協定基礎概要案では大陸からの全面撤兵が要求されている。――それは、飲めない。
こんな日に、晩秋の海はやはり美しい。

「この海のさ」
「はい」
「日が沈んでいく先に、君がいる」
「ちょっとずれてますけどね。……」
「どうかしたかい」
「いえ。昔は私が中国さんをそう呼んだものだなあと思いまして」
「ああ、言ってたな。失礼なやつある!って」
「じゃあ、私もアメリカさんに言っていいですか、失礼ですって」
「論理的に、君が失礼だったことを認めることになるけど、いいのかい」
「ま、そうなりますよね」
小さく笑って、日本は腿の上に載せていた手を下ろした。じゃり、と砂礫が鳴る。
「敢えて礼を失するのも外交手段、だった時期もありました」
「今は違う?」
「と思ってます。礼儀の問題では無い。生き残りをかけてます」
「そうかい」
アメリカもたて膝の上で軽く組んでいた手を脇に下ろした。
「つまり、退かないってことだね」
日本は声には出さず、ただ小さく頷いた。
「……中国に、パンダ貰っちゃった」
「ああ」
にっと日本は笑った。
「近寄ると、熊なんだけどなあ」
「ひいて見れば黒目のもふもふです」
「確かに、愛嬌あるよね」
「ええ。パンダなら、仕方ないです。――あれを贈るときは、中国さんは本気です」
「ってことなんだろうね」

ざり、と砂が鳴り、アメリカの手がずれた。日本の手は固まったように動かない。ざり、とまた鳴り、両者は触れあった。日本はやはり動かない。

「俺の方も、退けないんだ」
「そうですか」

わずかに砂を付着させて、アメリカの指は日本の指に割り込んだ。かつてそうしたように。けれどもシーツの上と違って、今、指を絡めればざりざりと音がする。
空は赤く色づき始めていた。日暮れは近い。闇はすぐそこにある。

「――あのさ!」
ぎゅ、と指を握りこんで、唐突にアメリカは叫んだ。
「最後、って、本気で言ってるだろ」
「は?……それは、もちろん」
「いや、違う。今のこの事態について、君がこれを飲めないなら、もう無理なんだ、どうしようもないんだ。そういう意味では最後だけど、今言いたいのはそうじゃなくて」
「……はあ」
「君が言うところの最終決戦があったとしても、斬り合っても、撃ち合っても、倒れても、それでも明日は来るんだから、最後なんじゃないんだってことだよ」
「――今の武力で以てして、貴方と私が総力戦を行うなら、少なくとも私には、『最後』です」
「違うよ!」
いきなり足を振り上げ、また振り下ろしたアメリカに、日本はびっくりした様子で手を引いた。
「……子供ですか」
「だって、君が分からないことを言うから!」
「いやいやいや」
「どんなときでも地球は回るんだ。これは生まれる前から確定している摂理なんだから」
「貴方にはそうでしょうけれども……」
日本は淡く苦笑し、太陽の最後の一閃に目を細めた。
「少なくとも、もうあの頃の二人には戻れません」
「……」
腿に戻した日本の手をぐいと掴んで、ぎゅっと握る。
「戻りたいんじゃないよ。未来に、また君と」
「そんな日は、来ません」
「日本!」
「貴方の言葉を借りるなら――太陽が西に沈むのが摂理であるように、もう、確定していることです。確定させたんです、私達が」
するりと抜いた手をついて、思い切るように立ち上がり、日本は小さく頭を下げた。
「さようなら、アメリカさん」
「日本!」
立ち上がったアメリカは、追いかけはせず、叫んだ。日本は足だけを止めた。
「西に朝日を見る日が来ても、俺は君をずっと想ってる」
日本はわずかに振り返って、小さく笑みを見せた。
「そんな光景を見たなら、確かに、気持ちも変わるかもしれません。つまり、それくらい、ないってことです」

  

  

――って会話をしたの、覚えてるかい?

  

答え:金星。金星の赤道傾斜角は178度で、太陽は西から昇る。

(「デコボコンビテキストソムリエ検定2」提出作)