どこまでが本当

アル菊

アメリカ×日本(現代)

 何はともあれ、と札幌に戻り、新千歳行きの特急に乗る面々をホームまで見送って、「お疲れ様でした」と手を振った日本は、「さて」とこちらを向いた。
「どこを見たいですか。日本三大がっかりの時計台とか?」
「がっかりしないでくれよ。できた時は君だって感動してくれたじゃないか」
「そりゃあ、貴方と私の子供のようなもんですからね、あの大学は」
「……っ!」
 どうしてそういうことをすました顔で言えるかなあ、このひとは!

 好きだよ、と言えば、私もですよ、と答える、にっこりと微笑んで。それは「善処します」と言う時の笑顔とまるで同じ。
 本気だよ!と言えば、あら私の本気を疑うんですかなんて項垂れてみせる。「亀の甲より年の功」という不可解な日本語を思い出す。前半の存在意義がまるで分からない。そう文句をつけると「若い人は洒落ってもんが通じないですねえ」と首をふる。何を言ってもはぐらかされる。「海千山千」とはまさに彼。

 どこを?と聞いた答えを待つでもなく、日本は先に立ってレンタカーを借りる手続きを済ませた。どうぞ、と助手席を指すので有り難く楽をさせて貰う。標準装備だというカーナビにはテレビを映させたまま、日本は車を進めた。
「がっかりしてるのは私じゃないですよ。国民の皆様は札幌が荒野だった時代を知らないですからね。往時を偲ぶには今の札幌は大きくなりすぎました」
 ね、と言いながら目線を流すのでそちらを見ると、ビルとビルの間にちょこなんと時計台が座っていた。ホイラーがこれを作った時は、相対的にかなり大きな建物だったのだけど。
「北海道は俺領だ!…と思いたいんだけど、そんな感じしないんだよなあ」
 農法も街の作りもモデルはうちのはずなんだけど。北大が日米両国の子供というのも、その草創期を思えば言い過ぎでもない。
「食べ物が美味しいからじゃないですか?」
「どういうこと?」
「いえいえ。そういえばお腹すきました?」
「ハンバーガー食べたからそうでもないかな。君は?」
「私もお昼しっかり食べたので大丈夫です。じゃあ夜まで特に食べなくていいですね」
「うん」
「海産物の有名な宿をご用意しました。ちょっと札幌から離れますけど、大丈夫ですよね」
「もちろん」

 明日、終わったらデートしようよ!と言ったら、あはは、と笑われた。いいですよ、デートですね、デート。ちなみにマイベストコースはアニメイト行ってまんだらけ行って漫画喫茶ですけど!それとも「WORKING!!」聖地巡りでもします?
 ……意味が分からない。

「そういえば、プレゼントあるんですよ」
「え?」
 思いがけない言葉に横を向いたら、高速にうまく乗った日本は、歯をきらりと見せて笑った。
「だって、デートでしょう?」
「え、え、…」
「後部座席にありますので」
 慌てて振り返れば、確かにラッピングされた長い包みがある。
「ありがとう…!開けても?」
「ええ、ぜひ」
 日本の習慣ではないらしいけど、今この場でみたい。何を考えているかまるで分からない日本が、明確に意思表示をしてくれたんだ。これを俺にあげたいって!これを………これ、を。
「木刀…?」
 ホテルの売店で売ってた気がするよ、これ。
「洞爺湖ってちゃんと入ってるんですよ?」
「……そう書いてあるんだ……?」
「感動が薄いです。坂田銀時が持ってるじゃないですか!」
「ああ………だからくれたんだ……」
 あのね、誤解していると思うんだけど、確かにオタク御三家との言葉はあるけど、血中濃度とでもいうかなあ、国全体で見たときのサブカル受容度が君とは全然違うんだよ……。
「Thanks anyway」
 そっと後部座席に横たえる。日本の車は小さいから持っているとうっかりガラスを割ってしまいそうだ。
「You’re welcome.毎日素振りして体を引き締めてください」
「障子破っちゃわないかな?」
「ご自宅で、そして庭でなさってください。さて、と」
 カチカチ、とウィンカーを点滅させて、料金所へと日本は進んでいった。そして、さっきの男前な笑顔を見せる。
「夕飯前ですから、『休憩』しましょうね」
「……ん?」

 思わせぶりな台詞に周りを見渡して、ぎょっとした。
 今日本が言った「休憩」という文字が、俺たちを取り囲んでいた。

「………」
 こくり、と喉がなる。
 ここは、いわゆる、ラブホ街、では。

 日本のアニメなどを見ていると、時々他国人には馴染みのない描写に出くわす。例えば、満員電車、高校の制服、スクール水着、そしてラブホテル。
 売春宿、なら、よくある。そうではなくて、カップルが「そのために」利用する建物だという。なぜ家を使わないのか分からないと言ったら、…ああ違う、すごく昔にそう言ったら、「貴方のところとは住宅事情が違うんです!」ってむくれられたっけ。この前やっぱり同じことを言ったら、「なんでもいいんです、とにかく『できちゃった婚』のチャンスを潰さないようにして少子化対策しないと…!」などと拳を握っていた。
 とにかく、「ラブホテル」は、そういうわけで日本情報辞典に載せられる項目となっている。俺は「昔」を知っているから、最近のそれはごくごくおとなしい外見になったものだと分かるけれども、それでも普通のホテルとの見分けはつく。

「やっすう…」
 隣から呟きが聞こえて、だけど日本の方を見る勇気はなくて、そっと窓の外を見たら、「ご休憩」や「空室」の字が目を誘った。安い、その金額で、日本の恋人達は二人だけの時間を買う。そして。そして……
 あああああ、もう、ちょっと!なんとかクールダウンしたいんだけど。頭も、それ以外も。

 私もですよーなんて微笑むくせに、それ以上にすすませてくれない。長い時間をかけて、ハグをしても頬にキスをしても怒らなくなってくれたけど、どういう技を使っているのか、唇を狙うとするりと腕から逃げ出してしまう。そして俺は、養い親の躾もあって、「いや」と意思表示している人に強引には出られない。

 でも、でもこうやってわざわざ札幌から小一時間もかけて、しかも他には何もないようなインターで降りるんだから、これは、さ!これは…そういうことだよね!?だって日本は「休憩しよう」って言ったんだから。

「あ、あの…っ!」
 勢い込んで振り向くと、日本はにっこり微笑んで言った。

「もう着きますよ」

 

「心休まるでしょう」
 コーヒーカップを片手に、日本はまた微笑みを見せる。
「………」
 オーシャン・ビュー。俺より長い海岸線を持つくせに、その言葉に特別の価値を持たせている日本は、広々と海が見える飲食施設をたくさん持っている。
 この喫茶店は絶好のビュー・ポイントに建っており、しかも壁は一面ガラス。実にすばらしい喫茶店だ。…ラブホ街を通ってしか行けないことを除けば。

「……あのさ」
「はい、なんでしょう」
「わざとだよね?」
 日本はにこりと笑った。
「最初は、全然意識してなかったんですよ。私にとって、高速インターとああした施設の結びつきは自然すぎたものでただの光景に過ぎなかったのです。ところが、中国さんをこちらにご案内した時に、どん引きされまして。知ってます?いま中国さんとこで日本といえば、『エロの国』なんだそうですよ」
 椅子の背もたれに腕を回す。支えがほしい。体のも、心のも。
「……そうなんだ……?」
「ひどいですよねえ、『無修正』なんて言葉が日本語で通じるんですって」
「……何輸出してんの、君も……」
「その辺は微妙なところなんで、是非アメリカさんの方から著作権については圧力かけて頂くとして。まあともかく、それで、外国の方には奇異な風景なんだなあと」
「奇異、っていうかね……」
「どなたも顕著な反応示してくださるので面白くて」
「………は?」
 今、「どなたも」って言った?
「最初は韓国さんをお連れしたんですよね。何せこういう施設があるのは日韓台くらいだと聞いてましたんで。あのうるっ…もとい、賑やかな方が、急に静かになって、きょどきょどなさって、いやあ、お若いなあはっはっはと」
「……なに?何言ってるの、君…?」
「流石に台湾さんにそんなセクハラするわけにいかないんで、他に誰かご存じの方いらっしゃらないかなあとワクテカしていたところに、最近は欧米でも日本文化の一つとしてあれが紹介されていると聞きましてね。最初は頭を抱えていたんですが、いっそ開き直りで見せつけてやろうかと。皆さん紳士ですから挙動不審におなりで、ちょっと胸がすきます」
「………」

 俺は大きくため息をついた。
「ばかなの?」
 日本は大きく目を開けて、本気で心外そうに言った。
「何がです?」
「だって、君が連れて行ったんだろ?」
「当たり前じゃないですか」
「だったら当たり前だろ」
「トートロジーですか?」
「違うじゃないか、ロジックを考えてよ」
 更に目は大きく見開かれた。
「論理的であれと貴方に言われるとは……!」
 失礼な。

「まあ、違いますけどね」
「……なにが?」
「貴方は、別の意味できょろきょろされるかな、とは思いました」
「……っ!」
 思わず腕が背もたれから外れる。別の意味。他の国との会話には存在しない、心高ぶらせるような、意味……!唾を飲む俺を余所に、日本はへらりと笑った。
「最近、うちへの高級ホテル建設続きでしょう?北海道も狙われちゃうかなあと思ったんですが、低価格帯でしたね」
「………」
 重い腕を、背もたれに戻す。

「………値段の問題だけじゃないよね、ああいうホテルとの違いは……」
「おやまあ」
 コーヒーを干して、日本はテーブルに肘を突いた。

「ご存じです?予約ができるラブホテルもあるんですよ」
「…へえ」
「日本でも有数の花火大会がある街で、その河畔にたっているホテルは、窓からそれが見えるというんで、毎年数ヶ月前から予約で一杯になるんです」
「……そうなんだ……」
「ご予約しましょうか?」
「……ああ、うん…………って、え!?」

 組んだ手の上に顎を置いて、日本はまた微笑んだ。

「『いやよいやよもすきのうち』って日本語はご存じないんですか?」

どこまでが本当なのか分からないキミの言葉に振り回される(ぴょん/さくら(yukiduki_skr)@恋糸)