アルフレッド+アーサー+菊 (天文学者パラレル)
ほしは、すばる。【1】
「「「うーーーーーーん」」」
三分経ってもうなり声のユニゾンしかあがらない。 三人は顔を見合わせ、同時に口を開いた。
「「「休憩!」」」
ブレインストーミングと言っても、皆目アイディアのでてこない難問というのはあるのだ。
「私、緑茶入れますけど」
「あー、俺紅茶飲みたいから自分で淹れる」
「そうですか。アルフレッドさんはどうします?」
「君はお茶甘くしてくれないからいいや。アイスコーヒーとってくる」
「…はい、いってらっしゃい…」
踵を返してポットに向かいつつ、ありえない、と首を振る菊の後ろでアーサーは、どうして菊はミルク・砂糖入りグリーンティーをあんなに毛嫌いするんだろうと小首を傾げ、しかし疑問は封じた。行動様式や生活習慣(それはしばしば「菊の」ではなく「日本人の」という修飾がつく)の何を批判されても「ははは…」で受け流す菊が、断固として譲らないのは、食べ物飲み物のことと研究のことだけだ。
ばたばたと大きな音を立ててアルフレッドが戻ってくる。
「あ、何お前、アイスクリームまでとってきたのか」
「うん、昨日作っといたんだ」
「好きなことにはほんっと労力惜しまないですよね」
「誰だってそうだろ? アーサーだってエロ本買うために毎週郊外までドライブに行くし」
「ま、毎週なんて行くかばかぁ! 月に2回くらいだろ!」
「「十分」です」
「菊だってわざわざ日本食品店まで行って調味料買うし。この辺のスーパーでもショーユくらい売ってるのに」
「味が全然違うじゃないですか」
「「どこが?」」
「……いえ、いいです。貴方がたを夕飯にご招待する時にはこの辺の食材でもてなすことにします」
「あ、また呼んでくれるのかい? わお、楽しみにしてるぞ! この前はちょっと量が少なかったんだぞ!」
「わざとですよ。貴方もそろそろ健康に気を遣った方がよいお年頃でしょう」
「そうだぞ、このアイスクリームもちょっと多すぎるな。減らすの手伝ってやるよ」
「ちょっとアーサー、勝手にとるなよ! …って、こら、菊まで!」
「「うまー」」
「ひどいや、そういうのギョフノリって言うんだぞ」
「「いや、それ違う」」
しばし、それぞれの好物を味わう。目を閉じて、それでも目の前に浮かぶのは。
「「「…わっかんない」なー」ですねえ」
同時に言葉に出してしまい、顔を見合わせて笑う。
「休憩って言ってるんですから」
「そうなんだよな、頭休ませようって言ったのにな」
「でもつい考えちゃうんだぞ!」
ね。
正体不明の巨大天体、ライマンアルファ・ブローブ。
ここ、カーネギー研究所にはすばる望遠鏡初め各天文台から送られてきた観測映像やデータが集まってきている。
発見当時、まさか、と思われたほどの大きさと古さ。
五万五千光年の広がり、そして、それなのに、ビッグバンから約八億年頃という古代宇宙に見つかっている。
現在の銀河と変わらない大きさのこのガス雲は、当初、だから、まさかこれが遠方銀河ではあるまいと思われていた。しかし、「まあ、一応」でやってみた分光観測で遠方銀河にしか見られない水素輝線が見つかり、さらなる分析の結果、この天体は百二十九億光年の彼方にあることが分かったのだった。
「「「なんなんだろー」」でしょうねえ」
ホワイトボードに貼り付けたスペクトルと合成写真。青白く光るこの巨大天体はその色にも神秘性が表れている。
現在考えられている宇宙創生の理論では、小天体の衝突合体によって天体は成長、つまり銀河形成が行われてきたとなっている。であれば、こんな大きな天体がこんな初期に生まれるはずがない。たとえて言うなら、二十年で大人になるとして、まだ一歳ちょっとなのに大人の体格をした子どもが発見されたようなものなのだ。
「他に似たような天体はないんだもんな。唯一例外、特例中の特例だ」
「これだけ桁違いですもんね」
「重いしね。やっぱり俺は巨大銀河なんだと思うな!」
「どうですかね……もう少し動きがつかめれば超銀河風に過ぎないのかどうか分かるんでしょうけど…でもやはり銀河形成がこんな初期に行われたと考えるのは……」
「俺もちょっとそこまで飛躍できねえな。銀河ができたというなら他にも応用できる形でビッグバン宇宙理論を組み立て直さなきゃなんねえわけだろ」
アルフレッドはきょとん、とした眼をして、朗らかに言った。
「その方が楽しいじゃないか!」
「「……」」
「うん、まあ」
「ええ」
「楽しいのは」
「認めます」
「「けど」」
「けど、なんだい。二人して」
「アルフレッドさんはもう少し論理を詰めるようになさった方がよいと思いますよ」
「お前のインスピレーションは認めるけど、時々暴走するだろ」
「……あのさあ、なんで二人とも俺には年上ぶるわけ。そんなに年かわんないじゃないか」
「いや結構違いますよあなた私に喧嘩売ってますか」
「えー? 別に君が年と業績の割に童顔だとか身長が低いとか言ってないじゃないか」
「……」
「お、おまっ、思っても、口に出していいことと悪いことが……」
「…………」
「「……おーい」」
「………………」
「あの、さ、本当に、こども扱いなんてしてないんだぞ?」
「そうだ、俺も、単にリーダーなのに物腰が低くて可愛いなあと思っただけでっ」
(「アーサー、それ墓穴」
「いや、お前がだろっ」)
「………………次のすばる観測申請は私一人の名前で出しましょうかねえ」
「「ええっ!!」」
菊は二杯目のお茶を注いでゆっくりと干した。
「GHQのマッカーサー司令官が、戦後直後の日本のことを『十二歳の子ども』と評した話を思い出しました」
「失礼だな!」
「なんでこっち睨むんだよアーサー! 俺が言ったんじゃないって!」
「たかだか二百歳の国の方が仰る台詞じゃないと思うんですよね」
「全くだな。うちで一番古いパブなんて九百年の歴史だぞ」
「日本で一番古い会社は五百七十八年創業ですよ」
「く…っ、ま、負けるもんか…っ」
アルフレッドは大きく肩をすくめた。
「何言ってるんだよ君たち、ヒミコの時代に比べればちっちゃな違いじゃないか!」
飛鳥時代、に頭が飛んでいたせいで一瞬菊はきょとんとし、それから破顔した。
「「…確かに!」」
三人は同時に青白く光るその天体を振り仰いだ。百二十九億光年彼方に発見された五万五千光年の天体は、くじら座・すばるXMMニュートンディープフィールドに見つかったこととその神秘性から、ヒミコと名付けられている。