■ギルベルト
「へー」
そういってストローをくわえ直したら「え、ちょっと」と手を伸ばされた。そのルート上にあったフランシスの水の瓶が倒れそうになり、奴は慌ててそれを掴んだ……が、既に炭酸水は俺の袖を濡らしていた。
「……お前は謝れ」
「わり」
「ハンカチ」
「はい」
差し出してきた白いハンカチで袖をぬぐう。相変わらず用意のいい奴だ。
「あの……、それだけ?」
「何が」
「俺のキヨブタ告白、『へー』で終わり?」
「他に何を言えと ?お前がもてる話なんぞもう聞き飽きた」
「い、いや、もてる話じゃないんだけど……」
「一目惚れした相手に思い返されてうまくいきました、って話だったぞ、総括すると」
「あ……うん、まあ、そうなんだけど、さ……」
「にやにやすんな、腹立つ!」
ハンカチを投げ返すとフランシスは笑顔のままでそれをキャッチした。
「本田って、この前ここで同席したやつだろ。すんげえ大人しかったけど、合うのかよ、お前と」
「いや、あれでなかなか、強くて大胆で――」
他に投げつけられるものがないかテーブルを探したが、あいにく飲みものしかない。
「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!」
「いや、そういうこと言ってんじゃないのよ!」
全く、他人の色恋話など聞いて何が面白いものか。
「……ほんっとに、平気なわけ、だね。ギルベルトくん」
「あ?」
「俺が、その……」
「男の方が好きらしいってことなら高等部時代から知ってたけど」
「うっそ」
「いや、ルートが勘違いしてな。俺が狙われてるって」
ぶっ。
とっさによけて、事なきを得る。テーブル拭け、と眼で命じると加害者フランシスは素直に従った。
「一時期えらく攻撃的だったろ。兄さんを魔の手から守らなきゃって思ってたらしいぜ?バカだよなあ」
「ご、誤解が解けてよかったです」
「解けたかどうかは、しんねえけど」
「解いて! といといて!」
「まあ、それが勘違いだってことは、俺は眼ぇ見りゃ分かったんだけど、そういわれてお前見直したら、『あー』と思うことも多々あり、だな」
「多々、あった!? 俺すっげえ隠してたつもりなんだけど」
「はん、俺様の眼力をなめてもらっちゃ困るな」
いやそういうことが問題なんじゃないんだけど……とフランシスはぶつぶつ言った。そして、上目遣いでこっちを見る。気持ち悪い。
「……よかったよ」
「何が」
「お前がお前で」
「何わけのわかんねえこと言ってんだ。俺様は俺様に決まってるだろうが」
「ああ、ほんと、ギルベルト様だ」
わけわかんねえ。
「そうだ、本田ってやつ、ザワークラウト食うかな。分けてやれるぞ」
「あ、いらない」
「お前が即答すんな。あと、フランス男のねちっこさに疲れたら愚痴ぐらい聞いてやる(弟が)って伝えとけ」
「ごめん、突っ込みどころがありすぎてわけ分かんないんだけど!」
困った顔をしながら、何を想像したのか顔がにやけている。バカだ。
全く、他人の色恋話など聞いて何が面白いものか――と、ずっと思っていた。もてるくせにことそういう話題については一歩も二歩もひいたような会話しかせず、全てをあきらめたような目をしていたこいつが、嬉しそうに恋を語るなんて―― まあ、今日一日くらいはのろけを許してやってもいい。
「不可能を要求せよ」、そんな文句を書いたビラが風にのって空へのぼっていった。