■フランス
「なあ」
「だめです」
「でもさあ」
「だめですったら」
スプーンをかちりと置いて、日本は「もう!」と肩をいからせた。ああ、まだ食べさせてほしいんだけど。寝たきり状態なので恨めしくスプーンの先を見つめるだけだ。
「あなた、半死半生の体でしょう。経済が完全に麻痺してて食事もろくにとれてない状態なのに、なに考えてんですか」
確かに、すさまじい。このままだと、今月だけでストライキ参加者は一千万に至るだろう。実にフランス労働人口の二人に一人。寝ていれば治るかと思った衰弱はむしろ強まり、菊の介護でやっと食事をするありさまだ。それでも、フランスはにやりと笑ってみせる。
「えー。なにって、不埒なこと。『限界なく生き、制限なく楽しめ』って言ってんじゃん?」
窓の外を親指で指すと、菊は「それが何か?」という顔をした。
「あれ、知らなかったかな。jouirって、オーガズムの意味もあんだぜ?」
「……いつか腹上死しますよフランス人」
「え、その時はごめんね」
「ごめんねじゃないでしょう!」
……顔を赤くした日本に手を伸ばす。我ながら、よろよろとした動きで笑える。確かに、こんな状態でフランス式ダイエットに励もうものなら「昇天」という言葉が比喩じゃなくなる。
「でも、折角、さー」
……頬に手を伸ばすと、照れたようなふてくされたような無愛想な返事が返ってくる。
「なんですか」
「こういう関係になれたのにさー」
「……それは私の台詞です。折角受け入れて下さったのに、そのまま床に伏したままなんて、どんな拷問ですか」
思わず目を丸くする。
「……へえ、そんな風に思ってくれるんだ」
「……いけませんか」
「ないない、全然いけなくない」
「……じゃあ、早く良くなって下さい。私もそろそろ上司がうるさくて」
「そっか、帰っちゃうのか」
「ええ」
二人、窓の外を眺める。
「おまつりも、終わるね」
「……ええ」
スト解除を宣言する工場がぽつりぽつりと現れた。オデオン座も、ソルボンヌ大学も占拠は解かれたという。
日本は笑みにもにた哀しみを口にのせた。
「何事も無かったことに――」
「――は、しないからね」
細くなった手で、それでも掴む。
「彼らは権力を求めなかった。だから、政権は生き延びた。だけど、彼らはただお祭り騒ぎをしたのでもない。時の流れを止めて、考える時間、見直す時間を作ったんだ。多分、今から少しずつ変わっていく。――いい変化、だ」
「……貴方は、やっぱり、なんだかんだいって、タフですよ」
「まあ、そういう生き方だから」
日本はちょっと俯いた。
「胃痙攣、と仰っていたでしょう。あれが、始まっています。私は、貴方のように乗り越える自信がありません」
「そうなの?」
「生き方、でいうなら、走り出したら暴走体質ですから。まして、若い人たちがどう走るものやら」
「うーん」
なかなか……ブラックな冗談を仰る。
フランスは手首を掴んだ手に力を込めた。
「手を、握りに来てやるよ」
日本は微笑んだ。
「ええ、お願いします」