五月_1967:前日譚/人+国
■フランス
退屈していた。そして、それをそのままにしていた。
ソファに寝転がって目を閉じると、ストーブの暖かさがクッションに伝わっていてほんわりと微睡みへ誘う。こういうのを幸せと言ってもいいんじゃないかな、と目を閉じたまま思う。この空間は、静かに全てを許している。誰からも睨まれない。
考えたせいで、「睨んだ目」を思い出してしまった。アルジェリア、そしてヴェトナム。そして――「フランス国民」。
パリの街を覆う石畳は立方体のブロック状になっていて、剥がせば立派な飛び道具になり、積み重ねればバリケードになる。あの日、プロイセンがパリを襲った日、フランスはバリケードのこちら側にいて、同時にあちら側にいた。石畳を投げ、投げつけられた。フランスが歴史に誇るパリ・コミューン革命政府を攻撃したのはプロイセン軍だけではない。既に降伏していた共和国政府が、コミューン軍兵士を銃殺した――
「ちょっと! 何だらだらしてるんですか」
「えー…。だって俺、今暇だもん」
その台詞は、公私ともに忙しくしている上司をカチンとさせたらしい。足音荒く部屋を出て行ったかと思うとすぐに戻り、どん、という音とともに書類を積み上て、「目ぇ通して、変なのあったらより分けといてください」と言い、出て行った。「貴方が呼ぶんですからね」。
紙の束なのに「どん」と音がするとはどんだけ枚数あるんだとうんざりしつつそれを見れば、フランス政府給費生の最終選考資料だった。もう書類もできあがっていて、あとは上司がサインを入れ込むだけだ。ほんとに俺が見る意味あんの、と思いつつ、行儀悪く寝そべったまま適当に一式を取り出して読み出し――じきに上体を起こした。
貴方が呼ぶんですから、と上司が言った。目的からしてそうだ。フランスの文学・美学・科学を学びに来る研究者へ留学機会を与え、可能なら帰国後その素晴らしさを世界に伝えてほしい、そのための給費だ。だから、褒め言葉はある意味当たり前、なのだが、その論文は抑えた筆致で綿密な論証をしているだけなのに、その下にひたひたとフランス文学に対する情熱がほとばしっているようで、――まるで、ラブレターを読んでいるような気になった。
パリの石畳の下は、セーヌ河岸の砂地だ。だから、投擲のために石畳を剥がすと、その下に砂浜が現れる。街の中に突然現れる砂浜は、その美しさもあって一瞬人を血と刃から最も遠い世界へ連れて行く。論文を読んでの心持ちは、その一瞬の浮遊感のようだった。
提出書類を探して名前を見つけ出し、思わず口笛を吹いた。ホンダ・キク。日本で姓名が重なるのがどれくらい偶然性の高いことなのか分からないけど、その一致はなんとなく愉快だった。あの人形のような無表情の島国がその顔の下に熱い慕情を隠していて、それが流麗な文字の下からにじみ出ている、本人はそれと気づかないラブレター……
思いついて、羽ペンを手に取る。見ろと言われただけで、書けとは言われていない、むしろ書いてはいけない。けれども、消しもしないだろう。
名前と情熱しか知らない留学生に宛てて、そしてその奥にいる日本にあてて、歓迎の言葉を書き連ねた。
――いらしてください、サクラソウとともに。