巴里祭

フラ菊

フランシス×本田菊(近未来パラレル、「スタンド・バイ・ミー」前提、三十代)

花火と共にその日は始まる。今年は記念の年、更に奮発されているらしい。
最初に咲いた夜の華の、その花弁が地に落ちるのを見ていたらかつんとガラスがなる音がした。
「どうも、ワイン泥棒です」
「んー?」
振り返ると、菊がグラス二つを左手に、ワインの瓶を持って近寄ってきた。
「そこのセラーからくすねてきたんですが」
「うっわ、それ、店のとっておきだよ」
「どうです、分捕り品で乾杯しませんか」
苦笑して、瓶とコルク抜きを受け取る。
「問題、窃盗の被害者と加害者または共犯者が同一人物の時、パリ警察はどう動くか?」
「答え、『とっとと家に帰れ』って手を振ります」
「違いない」

徹底した個人主義。日本の、「空気を読んで発言を慎む」系の「遠巻きな扱い」とは違う、他人には本当に興味がない、だから係わろうとしない。もっとも菊は、「放っておくなんてフランス人として許されない」の対象であると勘違いされることが多かったために、一人でいるときは何かと声を掛けられたらしい。百年前ならいざ知らず、本当に同性愛については寛容になった(らしい)この国で、それは、菊と俺が卒業旅行で初めて訪れたときからそうで、にも係わらず、菊は疑いなく親切を親切として受け止めていたようだ。「いやあ、いい国ですねえ、フランス!」なんて無邪気に笑うもんだから、思わずその手を掴んで宝石店にかけいり、魔除けを持たせようと指輪を買った、ら、いきなり菊は真っ赤になった。え、あ?なに?フェイクをつけさせようと思ったんだけどフェイクじゃなくなったってこと?え、ちょっとまって、いつから??大混乱したまま、だけれども腕の中にある暖かみは本物で、ようやく長い長い片思いはその幕を閉じた。

「ちなみに、日本では7月14日のことをパリ祭と呼びますが」
「知ってるよ」
だから、日本生まれ日本育ちだって。
「これは1933年に作られた映画『7月14日』の邦題が『巴里祭』だったからです」
「…それは知らなかったケド」
だからどうしてそんな古いこと知ってんの。ワインをついでやると、こぽこぽといい音がする。
「今でもシャンソン祭やってるんでしょうねえ」
「たぶんね」

もう日本を離れて十年以上になる。大学を出て、その後親の大反対にあいながらも専門学校に入り直し、調理師免許をとった。渡仏し、としのいった見習いから出発して、やっと郊外ながら自分の店を持つに至った。もっともその小さな成功には、貿易会社に勤めていた菊の援助も大きい。日本料理も出しているから、食材調達のいいルートを握るのが鍵だったのだ。周りみんなが「何を今更」という顔をするなか、菊はずっと励まし続けてくれた。会社をやめた今はギャルソンとして店の柱になっている。

「いつもありがとう」
そう言って軽く頭を引き寄せ、額に口づけると、いきなりのことに目をぱちくりさせていた菊だったが、やがてふにゃんと笑み崩れた。
「私こそ、ありがとうございます」
そしてグラスを持ち上げ、小さく音を響かせた。
「生まれてくれて、そばにいてくれて、……守ってくれて、ありがとうございます」
「……」
そんなことができたとは思えない。けれども、否定をするようなことではない。
「……フツツカモノですがこれからもよろしく」
「こちらこそ」
そのまま肩にもたれてくる。
さらりと髪をとくと、白い筋が目に入った。まあ、ちらほらと出る年頃だ。
「そういえばさ、俺、『おじさん』になったんだ」
「どこからの接続ですか……って、え、じゃあ、弟さんとこ?」
「うん。男の子だって。あとでフォト見せるね」
「かっっわいいでしょうねえ……!」
「そりゃあ。ボヌフォワ家の血筋ですから」
「堂々と……。そういうところ、DNAですよね」
苦笑して、菊はワインボトルを手に取った。

「では、改めて」
ワインをつぎ直し、グラスをあわせる。
「フランシス・ジュニア君に、おめでとう」
「革命300年、おめでとう」
菊は、花火に向かって杯を捧げた。
「あなたの源流のフランスに、ありがとう」
それにならって。
「俺たちの揺りかごの日本に、ありがとう」

どうぞ、これからも、素敵な両国が友好的でありますように。