ほしは、すばる

APHその他(非CP)

ほしは、すばる。【2】

「「すご…」」
「ふふふふ」
「…まさか百八十八センチ望遠鏡で、とはね!」
「ふふふふ」
「うまくやったもんだよなあ」
「ま、タイミングの問題ですけどね。すばるはそのせいで追えなかったんですから」

 二〇〇九年四月、銀河の世界最遠方発見記録が更新された。それまでの記録は、日本の国立天文台ハワイ研究所すばる望遠鏡が持っていた約百二十九億光年(赤方偏移 =六・九六)。
それを大幅に上回り、赤方偏移を八の大台に乗せたのは、同じ国立天文台岡山物理観測所だった。すばるの有効口径が八・二メートルであることを考えれば、それは奇跡に近い。

「もちろん、そのタイミングで座標を合わせられたのはスイフトのおかげです」
「うん、もっと感謝してくれていいんだぞ!」
「いや、お前の功績じゃねーし」
「それを言うなら私の功績でもないんですけど」
 今回観測されたのは、ガンマ線バーストの残光である。星は爆発によって生まれ、爆発によって命を閉じる。
 累積してきた自重に耐えられず超新星として爆発を起こす、その際に、ガンマ線が一定方向に強く放射され、その存在を遠い地球にまで伝えるのだ。
 遠い遠い宇宙の果てで起こる突然の爆発現象は、その性格ゆえに起こって初めてそれと知れる。いち早くそれを検出したのがアメリカの天文衛星・スイフトだった。
 こうしたニュースは即座に全世界の天文学界に発信され、大型地上望遠鏡を持つ機関は消えようとする光をレンズに映そうと一斉にその向きを変えるのだ。
 研究の世界も競争である。
 しかし、人のしがらみ、国のしがらみを遙かに越えた世界もある。人類の智のためには、発見の独占など許されない。
 このガンマ線バーストGRB090423も、より大型の望遠鏡、たとえばスペインのガリレオ望遠鏡などに補足され、分光観測が行われた。
 その結果、約百三十一億光年彼方の光であることが分かったのだった。

「おい、もう無いぞ」
「あー、うん、その瓶、空だね? だから?」
「そんな意地悪を仰らなくても。アーサーさんが泣いちゃうじゃないですか」
「な、泣くか、ばかぁ!」
「「目が潤んでる」ます」
 そろって休みがとれたから、今夜はアルフレッドの家で飲んでいる。デリバリーのピザとチキンの間に菊が持参した手作りおつまみタッパーが散らばっている。
 こういう時にタコ料理を入れるのはアルフレッドへの軽い嫌がらせだ。海からとれたものは何でも食べられるんですよ? と言えば、食品工場で作られたものだってどんな色だろうと食べられるんだぞ! と口答えされた。
「私は自転車で来てますから大丈夫ですが、アーサーさんはお足元、大丈夫なんですか?」
「あー。この人、泊まる気なんだと思うよー? 単なるゲストルームなのに自分の部屋みたいに振る舞っちゃってさー」
「あ、アーサーさん用のお部屋があるんですね」
「菊、君、ちゃんと聞いてた? そうじゃないって言ったよね?」
「なあ、菊も泊まればいいじゃないか」
「「どこに寝るのさ」んですか」
「……いや、何考えてんだよ、菊も泊まるなら俺はここのソファで寝るに決まってるだろ」
「…紳士だ、イギリス紳士がいる…!」
「「はあ?」」
「だって、どう考えたってアーサーさんの身長ならはみ出るじゃないですかそんな私のために寝苦しい思いをしていただくなんて申し訳なくてできません結構です」
「てゆーか、菊は俺と一緒に寝ればいいんだぞ。俺のベッドはキングサイズだし」
「その分あなたの体も大きいじゃないですか。結構です、私、枕変わると寝られないんです」
「ちぇー。じゃあ、今度は枕持ってきてよ。パジャマパーティだ」
「……その可愛らしい響きは、塩辛とかビーフジャーキーとかで度数三十とかの酒を飲んでるおっさんたちにふさわしくないと思うんですがどうでしょう」
「いや、いいと思うぞ? 菊はいつも酔う前に帰るからつまんねーし。一回、箍を外してみりゃいいのに」
「「………どの口がそれを………」」

 そう言いつつも、菊はまだアーサーの酔いが軽いことを見て取って、酒の補充にキッチンに出た。勝手知ったる、でストッカーのウィスキーと冷蔵庫のビールを手にとる。
 なんだかんだいいつつ、自分では飲まないウィスキーを買っておくのだから、アルフレッドはアーサーに甘い。
 リビングで待っていた二人にそれぞれをわたし、菊はキャビネットにボトルキープしておいた泡盛古酒を出した。隣に置いておいた琉球硝子のグラスもとる。
 とろりとした透明な液体をくるりと回して、芳香を楽しむ。
(菊がこれ出してくる時って、割といい気分になってる時だよね)(だな)

「菊はどんな歌うたうの?」
「は? 突然なんですか」
「そういえばカラオケってもともと日本のだよなあって思って。菊の歌って聞いたことないから聞いてみたいなって」
「いえですから、突然なんなんですか」
「あー、俺も聞いたこと無いな」
「いえですから、あるはずないじゃないですか無くていいじゃないですか」
「えー。じゃあ俺たちも歌うし」
「ななななんで俺まで巻き込むんだよ!」
「聞いたこと無いって言ったじゃないか。聞きたいってことだろ?」
「それはそうだけどでも」
「でもも何もないんだぞ! 日米英国際交流のために一人ずつ歌う、反対意見は認めない!」
「「わけわかんねえ…」です…」

「えー、でも、知らない歌を知らない言語で聞かされてもつまらなくないですか」
((あ、やる気出てる))
「メロディは平気だよ。日本語は少しなら分かるんだぞ! 君のおすすめのアニメ見たからね」
「あ、面白かったですか」
「うん。DVDで他のシリーズも借りて見た。あれは一期の方がいいね」
「でしょう! テンポが微妙にずれてしまって」
「……二人だけで俺の分からない話すんなよ、ばかぁ!」
「あ、すみません! ええと……」
 しばらく中空を見ていた菊は、メモパッドにさらさらと書き付け始めた。
「小学校で習う歌です。その古い訳の方。曲はお二人ともご存じですよ」
 一応全部訳しておきました、と二人にそれを差し出して、菊は静かに歌い始めた。

  月なきみ空に きらめく光
  嗚呼その星影 希望の姿

「「………ああ!」」
 菊はにこりと笑った。
「「三百十二番か!」」
「ええ。日本でも『慈しみ深き』の名前で知られてます。教会式結婚式だとほぼ百パーセントこれを歌わされますね」
「日本人が賛美歌を歌えるのか?」
「歌詞カードが配られるんですよ。まあ、若干リズムと訳に無理があって、ちょっと歌いにくいんですけどね、『友なるイエスは』のところとか。結構みんな口ぱくで誤魔化してます」
「「へえ……」」
 カラン、とアーサーはグラスの氷を揺らした。
「俺、それの替え歌知ってる」
「「どんなの」ですか?」
「第一次世界大戦の時の厭戦歌だな。When this bloody war is over,Oh, how happy I will beってやつ」
「「な、なるほど…」」
 What a friend we have in Jesus ,All our sins and grief’s to bear、にあててある。音の類似があるがゆえに、余計に清らかさと血なまぐささの対比が目立つ。
 絶望の中にあっても神を友と思える原曲に対して、その境地とは地球の裏ほど離れている替え歌。
「敬虔なキリスト教徒は歌えないだろうな、何せ後半はこんなだ」

  No more church parades on Sunday
  (日曜礼拝の行列はもういい)
  No more begging for a pass;
  (外出許可のために惨めな思いをするのも)
  I will tell the Sergeant Major
  (軍曹に言ってやりたい)
  To stuff his passes up his ass.
  (あんたの外出許可書を尻に突っ込んでやるぜと)

「「……さすがイギリス人……」」
「どういう意味だ」
「下品だよ」
「まあ、それぐらいうんざりしてたってことだ」
「そうなんでしょうねえ」
アルフレッドはいきなり立ち上がった。
「俺は原曲を歌うよ」

  Have we trials and temptations
(試練も誘惑も多く)
  Is there trouble anywhere
  (どこにでも難題はある、それでも)
  We should never be discouraged
(くじけてはならない)
  Take it to the Lord in prayer
(祈りのうちに主に打ち明けよう)

  Can we find friends so faithful
  (これほどの真の友がいるだろうか)
  Who will all our sorrows share
  (全ての悲しみを分かち合うような)
  Jesus knows our every weakness
(イエスは我々の弱さを全てご存じなのだから)
  Take it to the Lord in prayer
  (祈りのうちに主に打ち明けよう)

((あ……))
 菊とアーサーは顔を見合わせた。リズムと合わせられなければ替え歌は不自然に響く。
 だから若干噛んで、でも変えた。
 a frined を friendsに。
 ここでその語はイエスにあてられているのだから本当は不自然だ。
 しかし、アルフレッドは素知らぬ顔で歌いきり、ぱちんとウィンクをした。
 二人は苦笑二割の笑みを返し、そして菊は「さて」と言った。
「途中で途切れてしまっていたので、日本語版の二番を歌いますね」

  雲なきみ空に 横とう光
  嗚呼洋々たる 銀河の流れ
  仰ぎて眺むる 万里のあなた
  いざ棹させよや 窮理の船に

 菊は再びにこりと笑った。

「わたしたちのうた、でしょう?」