その手紙は思わぬ一文で始まっていた。
『親愛なるアルフレッド様』 新書版/FCカバー/オンデマンド/90P/700円 表紙イラスト [ronron]鳥子鳩目様 アルフレッド×菊(近現代パラレル) ※以下を含むのでご注意下さい。 ※サンプル(PDF)※ |
「拝啓 ブリード様 お手紙と『大きな火なわじゅう』の本をありがとうございました。」
もう一度表を見る。「ミスター・アルフレッド・F・ジョーンズ」。
いかにも文字を書き慣れていない子供が精一杯丁寧に書こうとしたという雰囲気の、硬い文字。
青いインク溜まりにも緊張が見える。便箋の方も、一点一画おろそかにしない真っ直ぐな筆跡だった。
いかにもたどたどしい英語といい、子供なのだろう。
英作文初級クラスで初めて書きましたというような緊張感に充ち満ちた、けれども、だからこそか、綴りの間違いもない丁寧な字。
書いている姿が目に浮かぶようだった。
「やあ、デイビー 突然驚かせたかな。俺はアルフレッド。」
「拝啓 アルフレッド様 御本を有り難うございました。
もとい、弊図書館への寄贈、有り難うございました」
「ミス・ブリードに貰った本を、友愛のあかしだと書きました。
この本は、アメリカの良心のあかしです。お手紙を読んで、少し泣きました。」
ぐるぐるしたときには掃除! というのが、昔、一つ上の階に住んでいた大学生の口癖だった。
「人生の半分は整理整頓である」と彼は言った。
それは彼の祖国にある言い回しなのだそうで、原語でも言ってくれたのだがさっぱり聞き取れなかった。
「やあ デイビー お手紙ありがとう。
この前ハグをしたいって書いたけど、手紙でハグしてもらった気分だよ。
本当に、ありがとう。」
「あー……久々に、来たか」
酒瓶に伸ばしかけた手を、握る。
いつもはその幻影が揺らぎ滲んで消えるまでアルコールを入れていた。
彼女は黙っている。黙ってこちらを見ている。
その会話の時は、小さく顔を緩めて頷いた筈の彼女は、けれどもこうして夜出てくる時は無表情のままだ。
いつまでも見つめるだけ。
こちらが意識を無くすまで、ただ、見ている。
彼女はベトナム人だった。
俺は戦争に行った。人を殺した。
「帰りたい、と母は毎日言っています。私もつられてそう思います。
でも、どこになのかは考えてもよく分からないのです。」
「今君を取り巻く社会はべったりと黒く見えるかもしれない。
けど、本当は無数の点の集まりだ。
見限らないでほしい。
君の国でもあるアメリカを、そしてその構成員である君自身を。」