芋餅(ハヤ様)普・独・蘭


 肌を直接刺す様な日差しに目を細めた。日に焼けた腕は既に赤くひりりと痛み、毛穴から水分が蒸発していくような心地さえする。
「あっちぃ」
 天気予報は連日猛暑を宣言している。気温もそうだが、何より辛いのは湿度の高さだ。少し体を動かすだけで、全身から滝のように汗が流れる。そのせいですぐに乾く喉を早く潤したいと思う。キンと冷えた黄金色の液体に、気泡が昇っていく様をまざまざと想像してしまい、ギルベルトは喉を鳴らした。
 暑い中お疲れ様でした。そう労る穏やかな声と共に、ビアグラスを差し出してくれる。あの店に早く行きたい。ギルベルトはその優しげな笑顔まで思い出して、足を速める。今日はお店の客として行く訳ではないから、ビールをそうやって差し出して貰える訳ではない。そう分かっているけれども、その人を思い描くと、早く会いたい気持ちに拍車が掛かった。
 角を曲がるとすぐそこが彼、本田菊の営む小料理店だ。
 しかしどうも普段とは店の様子が異なるようで、ギルベルトは歩幅を狭める。見ると、店の手前に小さなトラックが停まっていた。
 白い軽トラは陽光を反射してこちらを威嚇しているように見える。
「ほなまた来るわ」
「よろしくお願いします。わざわざ運んで頂いて、助かります。今度是非ご馳走させて下さい」
 訛りの強い言葉と、耳に馴染む菊の声が聞こえてきたかと思うと、店の裏手から知らない顔の男が出てきた。日に焼けない白い肌と驚く程の長身で、つんと立てられた髪は陽光に輝く金髪だ。この国では『外人さん』と呼ばれる外見の男だ。この男と、先程聞こえてきた訛りの強い日本語とが合致せず、ギルベルトは首を傾げる。それを会釈と取ったようで、男はギルベルトに向かって軽く頭を下げた。それだけでこの国にどれほど馴染んでいるか分かるというものだ。男はそのままトラックに乗り込み、どこかへ行ってしまった。
 ギルベルトは男の出て来た方、店の裏手側へと足を向けた。
「おや、ギルベルト君。丁度良かった」
 ギルベルトが菊を見つけるのと、菊がギルベルトに気が付くのは同時だった。菊は着物の袖をたすきで縛った出で立ちで、眩しそうに目を眇めてギルベルトを見上げている。その足元には、大量の野菜が入った段ボール箱が二箱置かれていた。それで彼の言う丁度良かったの意味を理解した。
「手伝う」
「ありがとうございます。どうも最近腰が痛くて」
「爺みたいな事言うなよ」
 笑って言うと、もう爺のようなものですよと冗談とも本気とも付かないような調子で返される。ギルベルトは菊の実際の年齢を知らない。顔だけを見れば年下にすら見えるが、実際の年齢よりも若く見えるのは菊に限らずこの国の人間誰しもがそうだ。しかし、菊はその知識の深さと物腰から、ギルベルトよりも年上なのだろうとは思う。
 お願いします、と言われて持ち上げた箱はずっしりと重い。そのまま彼について勝手口から中へ入ると、冷房が効いていて心地良かった。
「悪いな、開店前の忙しい時に」
「いえ、構いませんよ。準備を始めるにはまだ早い時間ですから。材料は持ってきているんですね。何か必要なものがあれば声を掛けてください」
 菊はギルベルトが肩に掛けていた紺色のエコバッグを見てそう言う。
「あ、じゃあ包丁かピーラーと鍋」
 ギルベルトがそう言いながら作業台に馬鈴薯を取り出す。その間に菊は包丁とボウルを用意してくれた。
 馬鈴薯の皮を剥き始めると、菊も隣に立って同じように剥き始めた。当然だが、その手つきは慣れていて淀みない。するするとあっと言う間に一つ、つるりとした黄色い肌になる。
「お料理はよくするんですか」
「こっちに来てからはねぇけど、国に居た時はよく弟にホットケーキ焼いてやったりしてたぜ」
「仲が、良いんですね」
 菊は今回の事も含んでそう言ったのだろう。ギルベルトは当然だと言って頷いた。
 弟から電話が来たのは少し前の事だ。近所に越してきた日本人一家のおばあさんによく可愛がってもらっているという話は聞いていたが、また転勤で遠くへ引っ越していったらしく、その前日におばあさんから食べさせて貰った芋餅がたいそう美味しかったと言うのだ。
「今度夏休みを利用してこっちに来るから、作ってやろうと思って」
 だから試食とアドバイスを頼む、と言ったギルベルトに、菊は二つ返事で頷いた。
「弟さん、長く滞在されるんですか」
「二週間程だ。でもまあこっちの臨海学校に参加するのが目的だから、その前後の数日間しか一緒には居られねぇけど」
 ギルベルトの影響で日本に興味を持ったらしく、言葉も勉強している様子だった。
「この店の事も話したら来てみたいって言ってたけど、良いか?開店してすぐの少しの時間になると思うけど」
「勿論、お待ちしています」
 全て剥き終えた馬鈴薯を鍋に入れてたっぷりの水と共に火に掛ける。このまま馬鈴薯が柔らかくなるまで暫くは手が空いてしまった。そう思っていると、菊が小瓶を取り出してきた。
「昨日ピクルスを漬けておいたんです。味を見ていただけますか」
 瓶の中は、胡瓜やパプリカ、ブロッコリー、ミニトマト、ヤングコーン等色とりどりの野菜が入っており、いかにもおいしそうだ。
 菊は菜箸で一つ一つ取り出し、涼しげな硝子の小鉢に盛りつけていく。箸を扱う動作は、どこか他の人とは異なる優雅さがあり、ギルベルトを惹き付けた。
「はい、どうぞ」
 折りたたみの椅子を出して二人並んで座る。いただきますと言ってつまようじの刺さったトマトを口に運んだ。すると口内にさわやかな酸味とトマトの甘さが広がり、咀嚼すると鼻孔をハーブのような芳香が抜けていった。
「うめぇ!でも普通のピクルスとは全然違う味がする。酢が違うのか?」
「正解ですよ。酢橘を使っているんです。香りは山椒を入れてみました」
 普段はビール派のギルベルトだが、これは日本酒が呑みたくなる味だと思う。感心しながらもう一つ食べようとつまようじを刺して気がついた。
「これ……」
 ピクルスとして見かけたことのない野菜だ。
「茗荷ですよ。美味しいんです」
 しゃきしゃきとした歯ごたえのそれは、酢橘の味によく馴染んでいる。
「うっめぇ!日本酒飲みてぇ!」
 ギルベルトが叫ぶと、菊は小さくガッツボーズを取る。
「やりました!ギルベルト君にそう言わせるのが目標でした」
 その笑顔と普段は見せない子供染みた仕草に、ギルベルトは脈が速くなっていくのを感じて胸元を押さえる。触れたい、抱きしめたいと思うが、それ以上にこうして美味しいものを共有して笑い合える関係を大切にしたいのだ。

 茹で上がった芋の湯を切り、水分をとばしてからよく潰して片栗粉を混ぜた後、丸餅のように形を整えて焼く。焼いている間に醤油味のたれを作っておき、両面こんがりと焼けた芋餅に塗ると完成だ。
「どうだ?」
「はふ、おいしいです」
 熱そうにしながらも、菊は一口食べて笑顔になった。

 久しぶりに会ったルートヴィッヒは、一回り大きくなっていた。幼さの残る顔立ちではあるが、頬の丸みは随分削れ、ふとした表情に精悍さが加わった。自分の弟ながら良い男になるだろうなとギルベルトは思う。
 ルートヴィッヒは本当によく日本語を勉強しているようで、ひらがなと簡単な漢字も読める。練習したいからと言ってギルベルトの助けを断り、一人で買い物をしていたが、発音もなかなか様になっていた。これならば臨海学校も大丈夫だろうと、ギルベルトは安堵した。
 すごいと言って褒めると、ルートヴィッヒは照れたような顔で「だから」と言った。
「だから、兄さんがくれた絵本も全部読めるようになったんだ。あれは兄さんの勉強している話だろう?」
 ぱちぱちと瞬きしてギルベルトはルートヴィッヒを見下ろした。ルートヴィッヒが日本語を勉強すると聞いて、教材としていくつか絵本を送った。当然あらすじを知っているような童話がメインだったが、その中に一冊、古書店で偶然見つけて入れておいた絵本がある。
「ぐにゃぐにゃ世界の冒険、面白かった。少しだけトポロジーが分かった気がする」
 ギルベルトは思わず破顔するとルートヴィッヒの頭をくしゃくしゃに撫でた。
 小学生向けのトポロジー入門絵本だが、良くできていたと思う。弟に少しでも自分の分野を知って欲しくて、何の説明もせずに他の絵本に紛れ込ませておいたものだ。新しいものを入手しようとしたが、残念ながら絶版になっていて、だからこそ古書店で見つけた事は運命のような巡り合わせだと思ったのだ。

 二人は一度ギルベルトの下宿先に荷物を置くと、地下鉄に乗った。丸の内線から日比谷線に乗り継いで三十分も掛からない。
 開店までの時間を近くの記念公園で潰して、ぴったり開店時間に菊の店を訪れた。当然のように他の客は居ないと思っていたが、カウンターには既に一人座っていた。この間店の裏ですれ違った男だ。
「いらっしゃいませ、ギルベルト君……と、ルートヴィッヒ君ですね」
 菊はギルベルトの後ろから顔を覗かせたルートヴィッヒに目を細める。
「はじめまして。ルートヴィッヒです」
 ギルベルトの横に立ち、ぴんと背筋を伸ばして日本語で挨拶する。菊はカウンターから出ると、ルートヴィッヒに手を差し出した。
「菊です。よろしくお願いします」
 こうして並ぶと、ルートヴィッヒは菊よりも少し背が低い程度だ。もっと小さいと思っていただけにギルベルトは驚いた。いや、菊の方をもっと大きいと思っていたのかもしれない。
 握手を交わすと、菊はルートヴィッヒとギルベルトにカウンター席を勧めた。
「ほな帰るわ」
 席に着くと同時に、先客の男が箸を置いた。既に充分食べたのだろう。カウンターの上にはいくつかの皿があり、全て綺麗に空になっている。思い返してみると、この間菊は「今度ご馳走させて下さい」と言っていたから、それで開店前から食べていたのだろう。
「もうですか」
「充分やざ。長居すっと妹にどやされるさけ」
「良かったら次は妹さんも一緒に」
「ほうやの」
 男を見送り、菊はカウンターの内側へと戻る。
「ご兄妹で農業をされていて、いつも店まで届けて下さるので助かっているんです」
 疑問が顔に出ていたのだろう、菊はそう言った。
「すっげぇ方言だったけど」
「福井の農家で色々と教わったそうなんですよ。日本語も含めて」
 成程、あの日も野菜を届けに来ていたのだろう。
 ギルベルトが納得していると、隣に座るルートヴィッヒがギルベルトを見上げた。
「少し、おばあちゃんの話す日本語に似ていた気がする!」
 ルートヴィッヒは嬉しそうに目を輝かせている。
「そうか。おばあさんもその辺りの出身なのかもしれねぇな」
 ふと、菊は何かを言いたげな表情になった。しかしそれは一瞬のことで、すぐに普段通りになる。気のせいだっただろうかと思いつつ、ギルベルトは差し出された皿を受け取った。

 店にぽつりぽつりと会社帰りの客が入り始めた頃、ギルベルトとルートヴィッヒは席を立った。
「どうだった?」
 見送りを断って二人店の外へ出る。まだ日が沈んで間もないのだろう、西の空は明るさの名残を残していた。
「とても、とても美味しかった!味だけではなくて、何かこう、全てが行き届いていると言うか。あの人の作り出す空間がとても心地良かった」
 目をきらきらと輝かせて言うルートヴィッヒに、ギルベルトも笑顔になる。
「そうか、そうか!さすが俺様の弟だぜ。よく分かってるじゃねぇか!」
 そのやわらかい金髪をくしゃくしゃとなでてやると、ルートヴィッヒはくすぐったそうに笑った。

 ギルベルトが再び菊の店を訪れたのは、二日後の事だった。
 臨海学校に参加するルートヴィッヒを送り、家庭教師のアルバイトを終えた後の、そこそこ店の混雑する時間帯だ。
 いつも通り穏やかな笑顔でギルベルトを迎え入れた菊は、冷えたおしぼりとビールを差し出した後、「もしかして」と口を開いた。
「もしかして、芋餅ですか」
 ギルベルトはまだ何も言ってはいない。もしかしたら釈然としない想いが表情に出ていたのかも知れない。しかしそうだとしても、その原因がそれであるとぴたりと当てられ、ギルベルトは驚いた。菊は世界の全てを見通す目を持って居るのではないかと思う時がある。
「よく分かったな」
 ギルベルトがルートヴィッヒを驚かせようと芋餅を作ったところ、ルートヴィッヒは輝かんばかりの笑顔でこう言ったのだ。
『兄さん、これはとても美味しい食べ物だな!何と言う料理なんだ?』
 てっきり、電話口で話していた『イモモチ』だと言って喜ぶものだと思っていた。しかし聞いてみると、これはルートヴィッヒの食べた『イモモチ』ではないと言うのだ。
「そう……ですか。まさかとは思ったんですけれど」
 そう言いながら菊はギルベルトの前に皿を差し出す。冷やされた陶器の器には、餡の掛かった大根と海老が乗っている。
「芋餅と呼ばれる料理は、地域によっていくつか種類があるんです。大雑把に言うと、馬鈴薯で作るものと、薩摩芋で作るものと、里芋で作るものなんですけれど」
 そこで菊が他の客に呼ばれて話が途切れる。
 ギルベルトは成程と思う。芋と聞いてすっかり馬鈴薯だと思い込んでいたし、調べたレシピも馬鈴薯のものだった。
「お待たせしました。すみません、ドイツで食べたという事で、すっかり私も馬鈴薯だと思い込んでしまいました」
 菊は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「いや、菊が謝る事じゃねぇよ」
 ドイツで、と菊は言ったが、それ以上にギルベルトが自信満々に馬鈴薯で作っていたから疑わなかったという方が大きいのだろうと思う。
「じゃあ、薩摩芋か里芋か。どっちなんだ」
「それは多分、里芋だと思いますよ」
 瞬いてカウンター越しの菊を見上げる。
「里芋の芋餅は岐阜県中南部辺りの郷土料理なんです。ルートヴィッヒ君は福井の方言に反応していたでしょう。近いですから、ある程度似通ったところはあるので」
 ギルベルトはあまり方言には詳しくないが、菊が言うのならばそうなのだろう。
「作り方は馬鈴薯を里芋に変えるだけか?」
「いえ。かなり違います。今日いらっしゃるかと思って準備はしてあるんです。食べてみますか?」
「準備が良いというか……おまえの目には未来が見えてるのか?」
 菊はおかしそうに笑う。
「別に、予知していた訳ではありませんよ。馬鈴薯が正解だとも思っていましたから、単純にこういう芋餅もあるのですよ、と紹介するつもりで用意していたんです」
 菊はそう言うと、奧からトレイを取り出してきた。そこには既に丸く形を整えられた芋が並んでいる。菊はそこへ刷毛でたれを付ける。そのまま皿に移して差し出されるかと思ったが、菊はたれを塗った芋を焼き始めた。
 店内に生姜醤油の焦げる良い香りが漂って、客の一人が「今作ってるの、私も食べたい」と手を上げる。すると我も我もと皆が続いた。
 菊は笑って頷いている。
 香りに刺激されて、ギルベルトの腹が鳴った。まだ出されたものに手をつけていない事に気が付いて、ギルベルトは「イタダキマス」と手を合わせた。
 冷たい大根は箸で容易く割る事が出来る程柔らかく煮込まれていた。じわりと中から出汁が染み出して、いかにも食欲をそそる。周囲の餡を絡めて口へ運ぶと、鰹出汁の華やかな香りが口内を満たした。冷たい大根は柔らかく、噛むごとに出汁が染み出す。これならば夏の暑さに食欲を無くしていても喉を通りやすいだろう。
 ギルベルトが最初の皿を平らげ、ビールを一口飲んだところで、菊は長皿を差し出した。
 先程から漂っている香ばしい匂いが強くなる。
「どうぞ」
 ざらりとした暗色の皿の上には、四つの芋餅が並んでいる。
「左から、ネギ味噌、山椒、餡、きなこです」
 匂いにつられて、ネギ味噌の乗ったものを一口囓る。あつあつの芋と少し焦げた香ばしい醤油が絶妙に合っている。
「うんめぇ!」
 他の客達にも配って、菊はギルベルトのところへ戻ってきた。
「全然違うでしょう」
「ああ。これ米が入ってるんだな。本当に餅みてぇ」
「お米と里芋を一緒に炊いて潰しているんです。甘く味付けした方もまた美味しいですよ」
 促され、きなこの掛かったものを食べると、まるで違う料理のようだった。
「あいつが食べさせて貰ったイモモチがこれなら、俺の作った馬鈴薯の芋餅とは全然違うな」
「後でレシピをお教えしますよ」
 菊はそう言うと、他の客に呼ばれて行ってしまった。

 十日後、ギルベルトはルートヴィッヒを伴って店を訪れた。
 ルートヴィッヒは随分と日焼けした。元々は本当に真っ白な肌だったが、今は健康的な赤みを帯びている。それに何より、行く前に比べてずっと日本語が流暢になった。それだけでもう臨海学校での充実ぶりが伝わってくるようだった。
 菊も同じ感想を持ったのだろう、ルートヴィッヒを見るなり目を細めて微笑んだ。
「楽しかったですか」
「とても!」
 開店直後の時間で、他に客は居ない。
 二人がカウンターに座ると、菊は冷たいおしぼりを差し出した。
「礼を言いに来たんだ」
「礼?」
「芋餅、大正解だったぜ。ルッツが食べたのは味噌味のものだったらしいけど、他の味も気に入ったって」
 ギルベルトがそう報告する隣で、ルートヴィッヒも「ありがとう」と菊に礼を言う。
「お礼を言って頂く程の事では」
 菊はそう言うと、透明の皿を差し出した。
 皿の上には鮮やかな色とりどりの野菜がゼリーに閉じ込められている。
「野菜が沢山入ったカレーを皆で作ったんだ」
 ルートヴィッヒが思い出すようにそう言った。ゼリーの中にはプチトマトやオクラ、ヤングコーンが入っている。
「旨かったか」
「すごく美味しかった!バーベキューもしたんだ」
 そんな事を話している内に、もう一皿差し出された。少し大きめのお皿で、二人で取り分けて食べるようにと小皿も置かれる。
「フリッター?」
 ころんと丸い揚げ物で、ホタテの貝柱のようにも見える。バジルと混ぜられた塩が添えられていた。ギルベルトがこれは何かと菊を見上げたが、菊はただ「どうぞ」とだけ言う。
 ギルベルトは一つ口に入れてすぐにその正体に気が付いた。
「里芋か!」
「はい。里芋のフライもたまには良いでしょう」
 ルートヴィッヒも気に入ったようで、美味しいと言ってぱくぱく食べている。
「ルートヴィッヒ君は好き嫌いしないんですね」
 きっと大きくなりますよ、と菊は嬉しそうに言う。するとルートヴィッヒは頷いた。
「来年もここに来る。その時にはもっと大きくなっている」
「菊を追い越してるかもな」
 笑いながら言うと、菊も楽しみですねと笑った。
「再来年も、その次も、その次も、来るから」
 ルートヴィッヒは更に言う。そこでギルベルトはおやと首を傾げた。ルートヴィッヒの目が真剣に菊を捕らえている。
(これは)
 もしかしたらルートヴィッヒも、数年の内にライバルに名乗りを上げるのかもしれないと、ギルベルトの心に焦燥が過ぎった。

 

 


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