・中学生ギルベルト君と近所の本田さん的な?
・何もしてませんがR18的な。
「的な」で誤魔化す感じも含めて、お下品な話が苦手な方はお戻り下さい。
・本当に下品です。
「意味わかんねー!」
背後の声に振り返ると、卓袱台に向かっていたはずのギルベルト君が90度倒れている。いや180度になっているというべきか。
「もー、なんで違うんだよコクゴわかんねーまじ悪魔の文字!」
目が合った。慌てて顔を戻す。別に頼んできて貰ってる訳じゃない、勝手に上がり込まれているだけだ。ゲーム機を触るのは宿題が終わってから、という言いつけを守ってるから放置しているだけで、構ってやる気はない。それなのに、構ってオーラ全開のところに振り返るなんて、失態もいいところ。
「きーくー。きーーーーくうーーーーーー」
ほらきた。
「仕事中です」
「教えろ」
「書いてるんですってば」
未成年には見せられない官能小説であっても、仕事は仕事。
「……ひまだ……」
いや勉強中なんでしょうが。本分尽くしなさい若人。
「ひますぎて、お掃除したくなったぜ……」
くるっ。
「ギルベルト君、頂き物のいいクッキーがあるんですよ」
「で、何につかえているんですか」
まだ全教科教えられるとは思うけれども、数学でグラフが回り始めたり理科でばねばかり持ち出されたりすると心許ない。ていうか今時の中学生、ばねばかりなんて見たことあるのか。ともあれ、国語と言ってるのだから分かるだろう。
「あ、主人公の気持ちはどうですかなんて汚れた大人に聞かないでください」
本当は、汚れた大人だからこそ分かる。あの系統の問題は、物語に入り込んでしまう子供より、メタを理解する大人の方が答えやすい。どう受け取って欲しいと思いながら筆者が書いているかが分かるからだ。
「漢字」
「それは、教わることじゃないです覚えること。ひたすらがんばれ反復練習」
さてお茶も飲み終わったしそろそろ執筆再開するかと卓袱台についた手を、がしっと掴まれる。
「これどう見たって『未』じゃん」
強引に先生役を振られてしまった。仕方なく『これ』を見る。もう片方の手で指さされているのは、字の成り立ちの、元の姿らしい。確かに、上の方の線(金文なので下の線は∪型に曲がっているが)の方が短い。
「あー…」
めんどくさい。
「先生がそう言ってるんだからそうなんだなって無理矢理思っちゃう能力も、学生スキルですよ?」
「とりあえず大人の言うことには全部反発してみるってのも第二次性徴スキルじゃね?」
ああ言えばじょうゆう。って知らないだろーなー通じないだろーなー!そんな子供を相手にするのは疲れる。
いくつ離れてんだっけ。ひい、ふう、と数えてちょっと気が遠くなる。
「そんでもって、『でもこの人の言うことなら聞く』って特別扱いは大人も嬉しかったりしねえ?」
子供のくせに、こんなこといってによっと笑う。腹が立つ。
「ていうか、六書なんて小学校で習うんじゃなかったでしたっけ」
「うっせえ、本人に責任の無いゆとり教育を責めんじゃねえ」
そりゃそうだ。だったら間違いなくゆとり教育の成果である、物怖じせずどんどん聞くスキルは誰を責めたらいいんだろう。
「質問文に『この字からできた「指事文字」は何か』って書いてあるから、答えは『末』なんですよ。『未』は象形文字ですから」
こう、木の上方に枝が伸びている姿の。書いてやると、ふんふんと頷く。確かに、この!悪たれ小僧が!自分にだけは素直なのを見るのは気分がいい。
「若さを表した字を、『まだ〜ない』に使うのは仮借的用法ですね。辞書によって解釈が分かれるし説明が面倒なので、ぶっちゃけるとこの字はテストで出ないでしょう。逆に『末』は指事文字のでき方の説明に使いやすいのでよく聞かれます。木のこずえと木のねもとをマークしてる、って覚えると分かりやすいです」
「根元?…ああ、『本』か」
「そうです。それが対になっているので、『本末転倒』って言葉ができるんですね」
「わかった。菊、すげー」
きらきらした眼で手を握られる。いやいや、とさりげなく外そうとするが、おこさまの力は強い。手は熱いし、無遠慮だし。ほんとこの無邪気さ何とかしてくれませんか。
まだぎりぎり小学生だったか、親の言いつけをよく聞く子供だった頃、そのように言い渡されたのだろう、お邪魔する代わりに手伝いをと申し出てきた。子供にできる仕事なんてそうは無い。じゃあ掃除でも、となったのは、〆切が三つ重なった修羅場の直後だったからだ。文意も理解できないだろう原稿はアナログでは存在しないし、特に見せられないものはないと油断していたら、「これなんだ?」とぱかっと箱を開けられた。声にならない絶叫をなんとか封じ込め、さりげなく、可能な限りさりげなく、取り上げようとするが、届かない。なんてことだ。資料用のあれこれは全部始末したと思っていたのに。
「ねこのしっぽ?」
「いえ、違います」
即行で断言する。動物愛護精神の強いドイツ人に切断系の動物虐待だなんて誤解されるわけにはいかない。
「じゃ、なんだ?」
「ええと……そう、蓋なんです」
カテゴリ的に言えばアナルプラグ。間違いでは無い。
「なんの?」
そうきましたかーいやそりゃそうですよね。ああもう、子供の好奇心って、どうやったらそらせるんですか。
「え、ええと、……何に使おうかなーと思っていたんですよ」
「……使い道の分からないまま蓋だけ買ったのか?」
いえ、使い道は明確だったんですけどね、何せ資料ですから。その後ちょっと気の迷いが起こって。
これをつけたギルベルト君ってものすごく可愛くないだろうか、なんて思ってしまったのは、そのままなんとなく捨てずにいたのは、絶対に、修羅場脳が出した麻薬物質のせいだ。そして「だろうか」なのは、修羅場にも負けない私の強固な倫理観がその画像描出を拒んだからだ。リアルじぽだめ、ぜったい。
「そういうのって、何かヨジジュクゴであったような……」考えこんだギルベルトの手からそっと箱を抜き取る。
「誰に贈るか考える前に『このカード可愛い!』って女の子がクリスマスカード買ったりするでしょう、ね?」
ひい、ふう、みいと指を折って、彼の年齢を考えると絶望する。彼は間違いなく、どうしようもなく子供で、色んな法律と条例が彼の清らかさを守っている、守るべしと恫喝している。分かっている、そうしなければじゃなくてそうしたいと思っている、それなのに、第二次性徴が早かった彼は、とっくに縦も横も菊を追い越して、強い力で菊の手を握る。その無邪気さは、いっそ残酷なほどで。
「思い出した!それだ!」突然叫んだギルベルトにびびる。
「え、何ですか」
「あれ、絶対菊に似合うと思ってたんだ」
「だから何が」
「大丈夫」
「だから何が!」
「菊が捕まらなくなるまで待つから。それまで蓋してろよ」
握ったままだった手をぐっと引き寄せて、成獣の顔をしてギルベルトは笑った。