・はっきり書いていませんが、はっきりと死にネタです。
・そしてにちゃんネタでツイッター話です。
・苦手な方はお戻り下さい。
親譲りのアニメオタクで子供の時から損ばかりしている、なんて言いたいけれども、親はいない。代わりに育ててくれたのは、なぜ彼にその義務が発生したのか未だにさっぱり分からない、中国人だ。
親譲りではない(何せ親が生きていた時代にはそんな言葉が無かった)オタクであっても筋金入りであることは間違いなく、もう四十の坂を越えたというのに未だにフィギュアだの深夜アニメだのではすはすし、ネット掲示板ではゆとり世代と熱く語りあったり、ツイッターでリア充になぜかフォローされたりと、二次元マンセー生活をずっと続けている。
嫁はどうしたね嫁は!お前は全くいつまでたっても……
いつもいつまでも言われるから、自然実家には足が遠のいていた。
久しぶりに帰ったこの家は、未だかつてこんなだったことがあるだろうかというくらい、静かだ。
ため口呼び捨てかまいませんタグなんて付けたことはないのに、しょっちゅう話しかけてくるフォロワーはHNを呼び捨てにしてくる。いやいいですけどね、こちらが敬語なのにそれはどうでしょう、と心の中でだけ呟いて、日本人を実感する。明らかに年若のそのフォロワーには、そのHN名もあって、「欧米か」と突っ込みたくなる。朝にオートミールを食べたなんてツイートしているからなおさらだ。あんなもの、犬のげ…何かのようだと揶揄されるという文脈でしか名前を聞かないものを本当に食す人間がいたとは驚きだった。
「昔からそれを朝食になさっているんですか?」
「これの方が、出される料理よりましだったからね!」
いやまてまてまて、と一斉に突っ込みTLになったものだった。日本人一般にすり込まれた「オートミール」イメージを上回る料理なんて、あっていいのか、いやいけない。
「朝は白飯味噌汁焼き魚卵焼き浅漬けでしょう」
「毎朝?」
「当然ながら、味噌汁の具は日替わり、それにあわせて出汁も変えます」
お前嫁に来いリプがわっとあふれた。冗談にどう乗ってやるかと考えていると、「一人暮らし始めてからずっと?」と質問が来た。
いえ。その前から。
彼は中華料理屋の見習い料理人で、帰宅はしばしば零時を越えた。死んだように眠る彼を起こす一番いい方法が「おいしい朝ご飯」だと思い込み、そして事実そうでもあったので、ガスを扱う許可を得てからはずっと作っていた。さらに、どの具にはなんの出汁が合うのか研究したりした。多分、根っからのオタク体質が変な方向に発露しただけだ。別にいちいち感動してくれるのが嬉しかったわけじゃない。
だいたい、仲がよかったかというと、どうだろう。しょっちゅう「可愛くないガキあるな!」と言われたし、夢中になっているアニメから引きはがすために、耳元で鍋をお玉で叩かれたりした。あれは立派に物理的暴力だった、絶対耳が悪くなったと訴えたい。直に。
深夜はいつも固定メンバーで実況に盛り上がる。これも愛です、と言いながらぼろくそに文句言ったり、140字全部使って二次元嫁の名前を呟いたりと好き勝手し放題の30分が過ぎ、時間帯もあってまったりし始めた頃に、ジェバンニが加工した画像を回してきた。突っ込んだり愛でたりした後、飲んでいた焼酎お湯割りが口を緩ませたようにぽろんと呟いていた。
「便利な時代になりましたよねえ。視聴して、実況して、その場でキャプチャリングして、加工して、アップしてが一台でできるんですもんねえ」
「一台でやらなきゃどうすんのさ」
そこで年寄りオタク達のしたり顔昔語り大会になった。MOとかZIPとか、いやFDって分かるか、だの、フォトショのいくつから使ってるかだの、馬鹿野郎俺はMS-DOS世代だとか。ブルーレイじゃないDVDじゃない、ベータだのVHSだの、半ば合いの手と化している欧米人(仮)の「知らないよ!」を挟みながら時代は遡り。
「カセットテープレコーダーをさあ。直ではつながらないからさあ」
「ああ!やりました!」
「マイクをね、向けて」
「ボタンが、ふれるだけじゃだめで。がちゃって押し込まなきゃだめで」
「その身動きが拾われちゃうんですよね」
こんなに同世代フォロワーが、というか同世代オタクがいたのかと嬉しくなる。
「おかんが『ご飯よー』とか、タイミング悪く言ってきて、『もうおかあさん声かけないでって言ったでしょ!』」
はいはいテンプレ。笑いつつ、思い出す。そんな生やさしいものじゃなかった。「ご飯あるー!」がんがんがんがん。子供が楽しみにしているアニメだろうが何だろうが、一緒の食卓を上回るものなど世界に無いと信じている人だった。実際、後ろ髪引かれるどころかまるはげになる勢いのアニメでも、呼ばれたらすぐにあきらめて行くしか無かった。一番込む時間帯なのに無理を言って抜けてきてくれていたのだ。食事が済めばまた店へ戻って行く。
そうやって、大学まで出してくれた。
それでも、世のおかんと呼ばれる種族よりはアクが強く押しも強く、お節介でもあった彼に、年とともにうんざり感を顔に出すようになった。
彼の望む「立派な大人」にはどうせなれないという捨て鉢な気分が拍車をかけた。そんな風に彼の時間を奪っておきながらなれなかった不甲斐なさも輪をかけていたのかもしれない。
とにかく、独り立ち以降は自分からのあれこれは仕送りにとどめ、不義理すれすれラインでしか足を運ばなかったし、どんなにお小言を言われても「恐れ入りますすみませーん」で流していた。殺しても死なないという言葉がこれほど似合う人はいない、という壮健な人だったから、何の心配もしていなかった。
音の無いこの家は、現実感を奪う。何もかも嘘としか思えない。いつものように綺麗に片付けられたこの家を「片付けろ」とは、確かに悪い冗談なのだろう。
とりあえず定席に座り、ぐるっと見渡す。座ったままであけられる位置の、押し入れを開けてみれば、やはりそこは、中国人らしいおおざっぱさと几帳面さが不思議なバランスをとって整頓されていた。おおざっぱさ、というのは、名前と小学校だの中学校だの書かれたラベルの段ボールに、教科書から靴下まで適当に入れてあることだ。几帳面さとは、それが綺麗に並べられて、いつでも取り出せるようになっていること。
取り出す必要なんかありはしない、だいたいカセットテープなんて今ついてないコンボだってたくさんある…と思いながらつまみ上げた一本のテープの、ラベルを見て、息を止めた。
このアニメは、覚えている。本当に子供の頃で、それでも歌を覚えたくて、家にビデオなんかなくて。
息を止めて、マイクを向けて。
このテープには、彼の肉声が入っている。
はいはいテンプレ、とTLが流れた後、誰かが書いていた一言を思い出した。
「どこかで読んだんだけど、いつかそのカセットが宝物になるって」