※ご注意
			・現代パラレルR18、前後編の前編。ナターリャ×菊です。
		  ・菊さんが 言い訳のしようもなく変態 です。
		  ・ナターリャは割と初期のイメージなので、デスクトップアイコンやCDからすると捏造に近いです。
		  ・エステ業界とかネイルとか詳しくないので記述が変かもしれません。
          苦手な方、18歳未満の方はお戻り下さい。
 	      
 	      
           
          
          ああ、おちる。
          一目見たときからそう思った。落ちていく。そして、地面にたたき付けられる。それが分かっているのに、心は既に投げ出されている。
          
           
                     
          「妹なんだよ」
            またいきなり社長が来た、と身構えていたサロンのチーフマネージャは、連れられてきた娘とイヴァンとの間で何度か目線を往復させた。
            「もちろんポケットマネーで払うから、この子磨いてくれないかな。折角美人さんなのに、飾らないんだよ」
            その言葉は受付の裏に潜んで聞き耳を立てていたエステティシャン達は猫が逆毛を立てるような緊張を示した。柔らかな口調に穏やかな表情だが、使えない人材を切り捨てる冷酷さは全店に知られている。その妹。まかり間違って傷でもつけた日にはどうなってしまうのかと青ざめた顔を見合わせている。彼女たちが盗み見た「妹」は万人が認める「美人」だが、世の中の全てに興味がないかのような冷たい表情をしている。
            「で、では…フェイシャルとボディケアの体験コースということで宜しいでしょうか?」
            「うん、あと、良ければ服も見繕……」
            「これでいい」
            いきなり彼女が口を開いた。似合いと言えば似合いの、温度のない声だった。
            「兄さんがくれた服です。このままでいい」
            そういって彼女が胸元を押さえた服は、確かに街中では浮くだろうクラシカルに過ぎるワンピースだった。頭の大きなリボンも古めいていておかしい。チーフマネージャは思わずイヴァンに目をやり、その失態に青くなったが、妹の前では人が違うのか、イヴァンは恥ずかしそうに肩をすくめた。
            「僕、女の人の服なんて分かんないからさ…」
            実際、自身の服のセンスは悪くない。あのファッションセンスはゲイねきっとなどと裏で囁かれているが、10m以上離れて見る分には目の保養になるクラスの着こなしをしている。何のこだわりかスカーフを外さないが、それも組み込んで金髪に菫色の瞳という容姿を際だたせている。
            「ナタはスタイルもいいから、似合う格好をすればモデルにだってなれるのに」
            「これでいいです」
            もう一度話を打ち切るように彼女は言い、イヴァンはため息をついた。
            「じゃあ……あ、あと、ネイルやってもらおうね。本田君いる?」
            息を潜めていた菊は、げ、と口の中で呟いて、立ち上がった。控え室を出て受付に回る。
            「はい」
            「やあ本田君、暇でしょう、お茶しに行こう」
            「勤務時間です、暇ではあ」
            「社長命令だよ。それで、その後、この子よろしくね」
            そこで初めてイヴァンの陰に潜んでいた彼女を見た。まるで体温を持たない人形のように彼女はそこにいた。
            「……」
            「ナターリャって言うんだ。ナターリャ、この人、日本一綺麗なつけ爪を作る人。本田君っていうんだ」
            全国的な大会で優勝したのは間違いがないが、その言いようは過大評価だ。菊は眉をしかめたが、ナターリャは表情筋を動かしもしなかった。その湖面のような瞳でまっすぐ菊を見、「……爪。」と呟いて顔の前に手を広げた。
          ああ。おちる。
            そう思った。
          
          社長はゲイだ、との噂は、この店では他店より確度をもって囁かれている。菊を構い倒すからだ。実力行使に出られたことはないが挨拶のように「僕のものになりなよ」と微笑まれる。
            エステティック業界は圧倒的に女の職場、客の手を握るようにして仕事をするネイリストもその例に漏れない。菊もデザインを描いたり物販用のつけ爪を作ったりが主要業務で、施術にあたることは滅多にない。これは就職にあたって菊が出した条件で、飲んでくれたイヴァンのパワハラには抵抗しにくい。
            「気に入った?」
            勤務中だというのに引っ張り出されたカフェで、イヴァンは突然そう聞いてきた。コーヒーを口に含んだ瞬間で、菊はあやうく噎せそうになる。
            「…何がですか」
            「ナターリャ。…の、」
            「綺麗な妹さんですね」
            言葉を遮るように菊は言った。
            「よく似ていらして」
            ほんとに、そっくりだ。一方は笑顔を絶やさず、一方は笑顔の片鱗も見せないというのに、どうして感じる温度が同じなのだろう。
            「そうかなあ。母親は違うんだよ。彼女の母親の方が美人さんだね」
            にこり、と彼は笑った。どうやれば笑顔にこんな低い温度を乗せられるのか分からない。
            まだ日差しも穏やかだというのにかけたままのサングラスを少し直して、イヴァンは背もたれに体を投げ出した。
            「年頃なんだし、恋をすればいいと思ってね。いつまでもくだらないこと考えてないで。だから、磨いてあげて」
            「そのままでお綺麗でしたよ」
            「そうなんだけどさ」
            ふう、と息をついて、後ろに腕を回し、背もたれに手を掛けた。
            「本田君は、恋はしないの?」
            菊は気づかれないよう細く長く深呼吸をした。
            「するしないを一人で決められるものではありません」
            「相手が僕ならすぐにでも」
            「冗談はやめてください」
            イヴァンはちょいとサングラスを持ち上げた。
            「冗談にしているのは、君でしょ」
            「…」
            長い指の下からのぞく鉱石のような瞳を見ていられず、目をそらした。隣のテーブルの灰皿が目に入り、イヴァンが喫煙者じゃなくてよかったと、もう何度目になるだろう、思った。
          
          サロンに戻ると、チーフは目線で施術室の様子を示した。女の園でやっかみに苛まれることもなく過ごしていけるのはこの人の理性的な取り仕切りに負う部分が大きい。頭を下げて中を覗くと、ナターリャのフェイシャルケアは終わりに近づいていた。
            「ネイルのお客様は、今日はいないのよ。だから施術室に二人きりになってしまうけど、大丈夫?」
            「え。私がするんですか」
            「だって、直に指名されたじゃない」
            何を今更、と逆に驚いた顔をされる。確かにそうだ。さっきカフェでも頼まれた。しかし、サロンとして引き受けるつもりで返事をしていた。もちろん、担当ネイリストに聞かれればアドバイスくらいするつもりはあったけれども…
            「私がじゃなくて、彼女が大丈夫ではないでしょう。男に手を握られるなんて」
            「それは確認したの。兄さんが決めたならそれでいい、ですって。特に希望もない、兄さんが選んだ人に任せるって」
            チーフは肩をすくめた。
            「ボディケアの時、ものすごい仏頂面で、問いかけにも全然答えなかったみたいだけど、指示には従ってくれるし、好みを言って振り回すこともしない。扱いにくいんだか扱いやすいんだか分からないけど、だから、あまり身構えないで本田君の感性でやっていいんじゃないかな―――あ」
            言っているうちに施術が終わったようだった。彼女のもとへ歩いていくチーフとは反対に、菊はネイル室へ入った。独特のアクリルの臭いが鼻をつく。
            それを敢えて吸い込むように、深呼吸をした。落ち着け。仕事だ。
            練習用の手先マネキンと思えばいい。彼女はおそらく、手先マネキンがそうであるように、こちらに関心を持ちはしない。
            ドアの向こうで気配がした。もう一度清浄とは言い難い空気を吸って、菊はドアを開けナターリャを出迎えた。
          予想通り、菊の話しかける声を右から左へと聞き流し、ナターリャはただ勧められた椅子に座った。どのようなデザインがいいかとの問いにも「任せる」としか言わない。
            「では――」
            菊は悟られないよう小さく唾を飲んだ。
            「手を、ハンズピローの上に置いてください」
            従順に、彼女は両手を差し出した。
            それを見た瞬間、どくり、と心臓が打った。だめだ、これはやばい。耳の後ろの血管が大きく血流の音を鳴らす。
            この手は、完璧だ。
            「―――どうした」
            いきなり低い声を出され、菊は飛び上がった。
            「はい!?……いえ、なんでも」
            「早くしろ」
            「は、……い」
            慌てて目をそらし、溶剤の瓶を眺める。しかし…菊は頭を振った。爪に負担の少ない、けれども造形力の大きいジェルネイルを考えていた。しかし、無理だ。スカルプほどではなくとも、ジェルも定着のために自爪を傷つける。こんなにも滑らかな爪にヤスリを入れるなど。
            できない。
            おそるおそる……しかしその実、蟻が蜜に誘い込まれるように、菊はナターリャの手に目を向けた。
            指の細さ、白さ、関節、爪の形。
            こんなにも精妙にできあがったものがこの世にあろうとは。
            こくり、とまた喉を鳴らした菊に、ナターリャはふと眉を寄せた。
            かつんと音がした。何の音だろう、と溶けかけた脳の片隅で思った次の瞬間、菊は呻いた。
            施術台のテーブルクロスの下、ナターリャの足裏は菊の股間を押さえていた。
            「う…」
            呻いたのは、硬度を持ちかけていたそれが踏みつぶされる形になったからだ。ヒールを脱いでくれたのはせめてもの情けだろう。距離的に仕方がないかもしれないが、遠慮のないその足は菊を圧迫する。ストッキングを通して菊の興奮は暴露されてしまった。
            流石に顔を上げていられず、菊は俯いた。
            病気が、出てしまった。滅多にないのに、病気が出るほどの手には滅多に逢わないのに、なんでこう――
            「手フェチ、か」
            温度のないナターリャの声に、菊は死にたいほどの絶望を覚えた。
          
          最初に気づいたのは中学生の時だったか。夏服に透けて見える下着のラインだの、短いスカートから時々のぞく太腿だのには全く興奮せず、そもそも特定の誰かを好きになるということがなく、自分は恋愛ゲームの脱資格者であると悟った。さらに高校にあがり、友人が言っていたような興奮を人の手の造形に覚えることに気づいた時には、そのアブノーマルさを十分に理解しており、自分の趣味は一生隠匿しようと決意した。愛も恋も無縁のまま生きる、それで構わない。にも係わらず倒錯趣味露見の綱渡りともなる仕事を選んだのは結局その性向がもたらした能力の故で、ウロボロスの尾のように切り離せない悪循環の中にあった。接客を免除してもらったのはそのためである。勃起するほどの手にはこれまで出会ったこともほとんどないが、綺麗な手なら心拍数は上がる。万が一にも変な評判がたってはならない。マネキン相手で済んだコンテストを受けて声を掛けてくれたイヴァンには正直に事情を話していた。
          しかし本人に悟られるなど、失態という言葉では表しきれない。
            青ざめる菊に、「ふーん」という温度のない……基準値から上がりも下がりもしていないナターリャの呟きが届いた。
          股間を押さえる足裏をそのままに、ナターリャはさらに意外な行動に出た。
            菊の手を掴み、三秒待って、そのまま自分の胸に押しつけたのだ。
            「……!」
            慌てて手を引こうとするが、どんな術を使っているのか、全く手が外れない。社長の妹の…かわいがっている妹の胸を触るなど、クビだけで済むかどうか分からない。焦る菊をよそに、ナターリャは菊の掌で彼女の豊満な胸をもみしだかせる。ドアの一枚向こうにはチーフも他のエステティシャンもいる。声を出すわけにもいかず、ただ手を離そうと顔を引きつらせていると、ナターリャはまた「ふうん」と言った。
            解放された手を思わず胸前で抱きしめて、菊は小さな声でとがめた。
            「何をするんですか!」
            「萎えたな」
            「はい?」
            「ほら」
            そう言って、足をぐいと伸ばす。柔らかくなったそれを押されて、菊はまた呻いた。
            「あくまで、手、なわけだ」
            ナターリャはゆっくりと、その手を見せつけるように伸ばしてくる。優雅なその動きにつられて彼女の足の下のものがまた形を変える。翻弄される自分がにくいが、この奇跡のような手にはあらがいようもない。
            目の前に差し出された手を、聖水を浴びるように受け取る。美の顕現の前に跪かずにはいられない。たとえ嘲笑と引き替えにしても。その先に破滅が待っていても。
            乾いた喉で、やっと菊は言った。
            「………からかって楽しいですか」
            ナターリャは心底意外そうな声を出した。
            「からかってなどいない。確かめている」
            そして、手を菊に預けたまま、彼女は言った。
            「本田。傷をなめ合わないか」
            「……はい?」
            肩に掛かってきた髪の毛をさらりと後ろに払って、ナターリャは薄く笑った。
            「私も、世間言うところのヘンタイなんだ」
          
           
          「お兄さんには、なんて言ってるんです」
            「何も。顔を合わせる機会のないまま兄さんは旅行に出たし」
            菊には意外だったが、二人は同居していないのだという。ナターリャは都内の大学に通っており、実家からの通学に不都合はないはずだが、マンションに一人暮らししているという。
            さすがにそこに行く勇気は持てず、さりとて菊の質素すぎるアパートに呼ぶ気にもなれず、結果、毎度シティホテルを利用している。
            彼女が望むなら世間一般でいうデート…のフリくらいしてもいいと思っている菊だが、不要だとナターリャは言う。
            互いに特殊な性的志向を満たし合う、契約めいた二人の関係はそうしてスタートした。最初からその世界はベッドの上に限られている。
            甘い睦言は存在の余地もなく、部屋に入るや否や二人は事務的にセックスの準備をする。菊は風呂へ追いやられ、ナターリャはサイドテーブルの上を整える。やがて全身を洗い清めた菊の代わりにナターリャが軽くシャワーを浴びにいく。菊はその間、ベッド脇の器具を漫然と眺める。
            手の美しさにのみ興奮する、それは変わらないのに、何度かの夜を経て、菊はそれらを見るだけで軽く兆すようになっていた。これからの時間を、快感を脳が予感してしまうのだ。ナターリャはおそらくそれを分かっていてここに整然と並べている。一番奥の、まだ使ったことのない器具を、菊は人差し指で撫でる。道具に対するフェチズムは持たない筈なのに、思わず喉が鳴る。
            「――本田」
            いきなりその声に心臓をつかまれる。慌てて振り返ると、下着だけを身につけたナターリャがいつの間にかベッド脇に立っていた。
            「な、……なんですか」
            「水をとって」
            慌ててペットボトルを差し出すと、受け取った彼女は髪をかき上げながらこくこくと飲んだ。リボンを外したその髪は、洗ってもいないのに艶やかに光っている。そしてその錦糸のような髪をかき上げる仕草は手の美しさを更に引き立てている。
            美しい人だ、と改めて思う。スタイルも、なるほど、いい。足は長く、腰は細くくびれている。豊かな胸は下着をとっても彫刻のように美しいのを知っている。
          一度胸をまさぐったことがある。何の真似だ、と聞かれ、当惑した。したいなら別だが……と彼女はまた無遠慮に菊の性器を掴み、したくもないならするなと言い捨てた。
            確かに、儀礼的に触った。この指がめり込む弾力性も顔が埋まるほどの重量感も、菊にはたいした感興をもたらさない。手をなぶらせてくれるお礼として、奉仕するつもりだった菊は、ナターリャの腕に鳥肌を認めて目を見張った。ナターリャは苦笑した。お前に、ということじゃない。そういう触られ方全般に、虫酸が走るんだ。
            だから。
        手に対してだけは何もかも許す、そこ以外は触るな、そして私に好きにさせろ。
          ペットボトルを菊に返し、ナターリャはベッドにあがった。菊にのしかかり、バスローブをはぎ取る。
            つう、とナターリャの指が菊の大胸筋をなぞった。それだけで菊の乳首は緊張と期待に身を固くする。ナターリャは菊の作ったつけ爪をちらりと見せて、それで尖りをはじいた。
            「ふっ…!」
            最初は淡々と菊を触っていたナターリャだったが、回を重ねる度に薄く笑うようになってきた。菊の反応は単純だ。ナターリャの手が触れればそれだけで熱くなる。彼女は必ず菊が贈るつけ爪をつけてくる。そのままで完璧な美を持つナターリャの手だが、菊の作るチップを乗せるとまた違った表情を見せる。両面テープでとめただけのチップははがれやすい。その不安定感すら菊の鋭敏な皮膚は拾い、興奮に変える。菊の鎖骨は、リンパ腺は、耳殻は、隅々までナターリャの指に翻弄される。頬に伸びてきた手を思わず捕まえ、舐めあげると、ナターリャは獲物に爪をかけた肉食獣のように笑う。そんな顔すら美しいと思う菊は、完全に熱に浮かされ、翻弄される己を振り返る余裕さえ無くしてしまう。
            やがてナターリャの細い指は菊の意匠だけをまとったまま菊自身に絡みつき、菊を追い上げる。愛撫で濡れたことがないのだというナターリャは、しかしほとんど興奮に潤んだような目で菊を見る。菊は麗しの手に己の全てを委ね、手にのみ興奮するという変態性を全的に許されて、やがて達する。
            思わず漏らす声にさえ満足したような表情で、ナターリャは白濁に汚れた手を差し出す。菊はそれを取り、用意されていたバスタブに彼女を誘う。彼女の手を湯で清めては、口に含む。菩薩の手を食むとき、人はこのような絶対帰依の感覚を覚えるのではないだろうか。恍惚の中でまた血が下半身に集まると、ナターリャは綺麗になった筈の手をまた汚すために湯の中へ差し込んでいく。
            最初は避けていた……というより、するという意識さえ二人ともになかった口づけを、この頃には自然に交わすようになっていく。菊は指に自身をなぶられることで脳髄を突き抜けるような快感を感じ、彼女を感じさせるためではなく、ただその快感を伝えるために、ナターリャの舌を吸う。そして彼女はやはり肉食獣のような笑顔でそれに応えるのだ。
            湯につけられふやかされたネイルチップははがれやすくなる。頃合いを見計らい、菊は彼女の手を引き上げ、丁寧にチップをはがす。キューティクルオイルでケアを施し、本来の輝きを取り戻した自爪は、いつも、綺麗に切りそろえられている。思わず指先で爪の切断面を確かめれば、ナターリャは薄く笑う。
            「私はお前を傷つけない」
            分かっているだろう。そう言って、彼女は両方の手を湯に沈める。つけ爪をしていた時は傷つけないよう慎重に動かしていた右手は、大胆に菊自身を追い上げる。陰茎のくびれをなぞり、鈴口を割り、そうして菊の腰を浮かせる。そこにナターリャの左手が迫ってくる。
            菊の屹立の、その後ろのすぼまりを、ナターリャの指が優しく撫でる。最初そこに彼女の手がおよんだ時、流石に菊は制止の声をあげた。しかし彼女はその指で菊の耳を触り、「心配するな」とのささやき声を吐息とともに吹き込んだ。「私はお前を傷つけない」
            その証の、爪切りだった。傷つきやすい後孔を、ナターリャの爪は傷つけない。
          他では、他人では得られなかった快楽の境地に至るための装置である彼女のつけ爪は、それがはがされる時を常に予感させる。はがされ、短い丸い爪に戻ったとき、その桜貝のような爪は、菊の秘所を撫でるのだ。だから菊は彼女のつけ爪を見ただけで顔が赤らんでしまう。それを分かっていて、ナターリャは見せびらかすように爪をつけた手で髪をかき上げて見せる。
          
          菊の理性が溶けきったのを見て、ナターリャは風呂から上がらせ、タオルでざっと拭くと菊をベッドに横たわらせる。菊の中心を白い指で掴んで興奮の目盛りを下がらせないまま、ナターリャはベッドサイドに手を伸ばす。理科の実験で使うガラス棒のようなそれを、ラミナリア桿と言うのだと彼女は言った。その時は2ミリ程度だった直径のものは、今では飛ばして、8ミリ程度のものを使う。出産時に、子宮頚管を拡張するために使う医療器具だ。バルーンというその名の通り風船型のものも使われるが、こちらの方が痛くないらしいと彼女は言う。
            ナターリャはその細い棒を慎重に菊に差し込み、奥へと送り込みながら同時にローションを流し込む。ラミナリア(羅臼昆布)は液体を吸うと膨張する。菊の内壁はじわじわと桿に押され、その形を受け入れていく。円筒形の桿をナターリャは慎重に出し入れし、菊の違和感を溶かしていく。あの指が、という本来の性癖に加えて、通常あり得ないことを施されているという背徳感が菊の背筋を快感として駆け上がる。
          そして――
          
          本田。傷をなめ合わないか。
          
          この美しい肉食獣が自分にだけ傷を晒しているという事実が、倒錯的に菊を興奮させる。
            彼女はいつか、サイドテーブル奥に置かれたディルドを装着して自分に襲いかかるのだろう。
            なぜ私にはこの肉棒がないのだと、なぜ余計な脂肪の塊があるのだと、ある夜呻きながら菊の腹に顔を埋めたナターリャ。
          彼女の中に流れる血の涙を思うと、菊は、まるで愛とも見まごう感情が彼女に向かって噴き出すのを感じるのだ。