※ご注意
			・たいしたことありませんがR18。
            ・殺伐としています。
            ・日頃の創作傾向から穿ち読みされそうなので先にお断りしておきますと、アルは本当に純情設定です。
            苦手な方はお戻り下さい。
 	      
 	      
           
           
          刺したい、と思った。
           
           
           
          「だめだよ菊、こういうのは」
            平和に対する罪の贖いに、と、上司に差し出されたからだは、贈られた当人に拒否された。上司は上司同士の約束があり、安全保障条約締結という外交が控えている。お前はうまくやれと背を押され、泊めてくれた家主の寝台に忍び入った日のことだ。
            カーテンを透かす月明かりは二人の影を作るばかりで、お互いの表情を悟らせない。それでも、菊の手の下にある心臓は少しばかり鼓動を早めていて、彼が言葉ほど落ち着いていないのは丸わかりだった。
            「……私のことが、お嫌いですか」
            彼はがばりと起き上がり、その足の上にまたがったままの菊の手をとった。
            「違うよ、そうじゃない」
            「では、」
            「でも!………こういうのは、本当に愛する人とじゃなきゃしちゃだめなんだって、アーサーが言ってた」
            見えはしまい、そう思い、菊は薄く微笑んだ。そうですか。
            「なら、やはり、貴方は、」
            「違うって!」
            いきなり抱きつかれる。肉食の獣のような体臭が菊を包む。体熱の上昇が汗を濃い空気に変えている。ああ、まだ彼は体を調節するすべを知らないのだなと菊は思った。
            「俺は……俺は、君が好きだよ。こういうのは、ちょっとよく分かんないけど、一緒にいたいと思うし、キスしたいとも思う。でも君は、命令されてるだけだろ」
            闇は菊の顔を消したまま。空気の揺らぎすら起こさせないよう全ての筋肉を統御したままで、菊は考えた。なるほど、それで、今なのか。上司たちは、このタイミングで無ければ、その問いが絶対化すると思ったに違いない。間接統治を受けている間なら、「だから」身を挺したと思われても仕方がない。だが、今なら。
            「もちろん、上司は貴方方との親密な関係を望んでいますし、その絆を私たちに期待してもいます。でも、私個人が嫌なのなら、こんなことしません」
            この言葉の信頼性が、僅かながら、増す。僅かでいいのだ。「もしかしたら」そう思わせればそれで成功。もしかしたら、本田菊は、個人の感情としてアルフレッド・F・ジョーンズを好きなのではないか、と。
            「そ……うなのかい?」
            疑いに、微かに紛れる、期待。ああ、なんて。
            なんて、かんたんなひと。
            今度はその動作が伝わるように意識しながら、菊は頷いた。
            「しかし」
            「…なんだい」
            「貴方は、では、まだ……綺麗なからだなのですね」
            「…っ」
            体温が少しあがった。馬鹿にしていると思われないように言葉を選んだ、という含みは伝わったのだ。
            「きみ、はっ」
            「私は、長く生きていますから」
            俯く、それにつれて、横の髪がさらりと顔を隠す。恥じているように見える筈だ。
            抱きしめられる、その力が強くなる。しかし、意外なほど抑制的な―――または単に未発達な彼は、ぐいと菊の肩を掴んで引きはがした。
            「こ、こういう情動に押し流されてしまいたくないんだ。気持ちを通じ合わせて、愛されてることを実感して、愛してるって伝えるために、君に触りたい」
            菊はまた薄く笑った。はっきり見えていなければ、この笑みは了解の印とうつるだろう。
            「……わかりました。では……いつか、私の気持ちを信じてもらえた暁には」
            言葉の続きを、演技ではなく、菊は言わないままにした。
            抱いてください。―――さすがに、その台詞をいえるほど自尊心を失ってはいなかった。
          以来、アルフレッドは菊の瞳をのぞき込むようになった。「当然、賛成するよね?」「だって俺のことが好きだって言ったよね?」「君は俺のものだよね?」
            あの日の心臓の早うちを思わなければ、まるで試されているかのようなその仕草に、菊は完璧な演技で応えた。質問にはYesを、そして、愛の言葉には熱を。
            口にしないのが文化だと主張している以上、無闇な言葉をまき散らすべきじゃない。けれども、確実に伝わるように、いっそ伝わったなら言葉より重みを持つように……目が合いそうになった瞬間にわざと逸らしたり、彼自身をではなく、彼が見ていたものに視線を合わせたり。
            彼の理解できる(と分かっている)文法で、嘘くささのないように、感情の在処を見せていけば、彼はそれの一つ一つに反応し、釣り込まれるように接触が増えた。
            ああ、なんて、かんたんなひと。
            頬を両手に包まれて、その空色の瞳をうっとりと見つめながら――勿論、そんな感情は表には出さない。
           
          恋人の口づけも、恋人の接触も、そう待たされることはなかった。
            慣れたとは到底言えない舌使いも指の動きも、それでもその強さと慌ただしさが彼の焦燥を伝えてきた。唾液も息も、口腔の全てを吸われて、呼気が乱れる。
            「わたしっ」
            「なんだい」
            「その――初めてでは勿論ないんですが、でも、久しぶりで……」
            嘘ではなかった。もう随分とその目的に使っていない器官は、上手く動かせるか自信がない。
            「その、手引きできればよいのですけど、あまり…」
            語尾をごまかして見上げれば、こくりとアルフレッドはのどをならした。
            「う、ん。でも……俺は分からないんだから、ちゃんと言うんだぞ。どこが気持ちいいとか、どうされたいとか」
            頷いて、顔を伏せる。耳に血を寄せているから、これは羞恥としてとらえられるはずだ。実際、叫び出したいくらい、恥ずかしい。
          アルフレッドは、耳朶を噛んだときの反応に勇気づけられてか、全身を舌と歯でマークしはじめた。最初はじれったさの余り身をよじりそうになったものだが、そのうちに、感情の見せ方が分かってきた。作ってきたペルソナから言って露骨に愛撫をねだるのは不自然、だからといって何も反応しないのでは苛立たせてしまう。腕を掴み、その指の力に強弱をつけて、菊は感じるところを伝えていった。
            「も…」
            もっと、と言いかけて、でも打ち消して。だけど瞳でそれを訴えて。そんな仕草を見せれば、アルフレッドは嬉しそうにそこを弄る。摘んで、噛んで、もう片方を手でひっかいて。そうやって刺激を与えられればやはり籠もる熱は菊の下着を押し上げる。腰を浮かせて、それがアルフレッドに当たらないようにすれば、思惑通りアルフレッドの腰は追いかけてきて、昂ぶりを確かめる。お互いの熱を布越しにすりあわせれば、もはや演技ではなく、甘い息が漏れる。
            「あ、……あ…」
            相手が好きでなければ勃つこともない(とアルフレッドが思っている)器官は、切ない表情と相まって、雄弁に語りかけたらしい。また発汗が多くなり、肉食獣の気配が濃くなる。
            さあ、早く。食べればいい、私を。
            誘い込むように足を開きながら、菊は、目の前の影を、刺したい、と思った。
           
          ―――こういうのは、本当に愛する人とじゃなきゃしちゃだめなんだって、アーサーが言ってた。
          アーサーは、恐らく恥辱をもってその台詞を口にしたのだろう。彼は、長い歴史の中で、外交の調整役に、または国内支配の証として、そのからだを呈する、そうせざるをえない瞬間があったに違いない。まだ幼い純真なお前はそんな目に遭わずに済むように―――兄の祈りと保護を受けて、実際に彼は、蹂躙される歴史を持たないまま、今まで、来た。
            ―――そうですか。
            笑うしかない。菊とて、長い海禁政策の時代を持つために、先の大戦までは被支配の憂き目にあったことなどない。けれども、そのからだが自分のものだと思ったことはなかったし、まして恋心のためのものだなど思いもしなかった。そんな頓珍漢な純粋さを、持ち続けられた彼が、―――にくい。
           
          久しぶりの挿入はやはり痛みを伴った。自分の腕を噛んでとどめようとした声は、ちょうど痛みのそれから快楽のそれに変わった頃にアルフレッドによって解放させられた。両の手に指を絡ませられ、繰り返される口づけの合間に漏れるのは、ややもすると淫蕩になりすぎた声で、菊はペルソナを思い出して必死で耐えた。
            貴方だから。貴方にだから、私は、こう、こうまで。ぐずぐずに溶け出した器官で彼を包み込みながら、菊はそのメッセージを視線に込めた。
            「あ………っ、…ん」
            射精の快感は器官を収縮させる。男女ならば調節の必要がある「一緒にいく」ことが、男同士であれば簡単にできる。それはただのタイミングの問題に過ぎないのに、愛情の証と誤解する人は絶えない。頭をかき抱き、名前を紡ぎながら身を震わせれば、呆気なく罠にかかった彼は耐えられないように叫んだ。
          「きく、きく…!」
          菊は微笑んだ。
            ――さあ、始めましょう。
           
           
          彼の兄が披瀝する前衛的な性的志向に、彼はあまり関心がないらしい。なんで好きな子を縛りたいと思うのか、理解できないよ。そんな台詞に、そうですねえ、と微笑みながら菊は応える。そうですねえ、貴方は、愛した人に逃げられる恐怖を感じたことがないのですね。心の中で呟きながら、しかし顔には笑みを残す。
            放っておけば同じ体位でただ何度も何度も突き立てる彼に、菊は身をよじり、時には逃げ出す振りをして違う体位を教えていった。名前などは要らない、ただ違う趣向があって、場合によってはより感じさせることがあるのだと分からせればいい。体の負荷が高いものは回避しつつ、菊はまるで彼自身が気づいたように思わせながらいくつかの性技を示していった。
          眼鏡を外したアルフレッドの顔は、幼く見える。
            実際、自分と比べれば笑えるほど若い。その若さにものを言わせて、彼はしょっちゅう挑んでくる。自分で自分が止められない様子の彼に、菊は気を失っても倒れてもからだを差し出し続ける。
          「菊」
            かすれた声で返事をかえし、名前を呼べば、アルフレッドはむしろ苦しそうな顔で菊を抱きしめる。
          
          ああ。刺したい。殺したい。
          
          菊の服は、着衣のままでもうまくすれば地肌に指が届く。それを初めて知ったとき……それはこんな雰囲気でのことではなく、こんな雰囲気を演出し始める相当前でもあったのだが……アルフレッドは「君は固いんだか緩いんだか分からないね」と肩をすくめただけだった。
            さて、今ならどうだろう。
            脇にできる三角形を意識させるように、少しだけ緩めに袴をつけた。なんとも思わないならそれで構わない。どこででも発情するようになってもらっても困る。あくまで、菊のコントロールの中で欲情をかき立てたい。
            果たして、アルフレッドは春うららかな野点の席だというのに、顔を赤らめて余所を向いている。菊はそれに気づかないふりで招待客の国々をもてなした。茶を入れる仕草はあくまで楚々として、性の香りを出さない。しかし、ふとあいた暇にアルフレッドに流す視線は、微妙な距離を疎んじているかのようで。
            思惑通り、お手洗いにと席を立てばアルフレッドは「俺も行くんだぞ!」と勢いよく立ち上がった。そのまま、個室へと連れ込まれる。性急な口づけは簡単に二人の息をあげる。
            「菊」
            袴の結び目に伸びたアルフレッドの手に手を重ねる。
            「いけませんよ」
            余り長いと不審に思われます。これは、解くのが面倒なんです。そう言うと、じれた表情を見せる。
            「かまわ」
            「なくないですよ、皆さんお揃いなんですから。……でも」
            「でもっ?」
            そ、とシャツの背中に手を回す。密着した下腹部は二人の熱を互いに伝える。じわり、指の下に感じる湿り気は、彼が「それ」を理解した証拠だ。
            「菊、ねえ」
            それには無言を返し、彼の手を取って、袴の合わせ目に誘い込ませる。
            「あ」
            「顔、見ないでください」
            恥ずかしいから。可聴領域ぎりぎりの音でそう呟き、額を胸につけたまま滑らしていく。ほとんど絡めたような菊の指は、アルフレッドの人差し指を胴衣の下、下着の下に誘い、それだけを取り残して服の外に出た。そして両手で彼のベルトを緩める。
            「あ、あ、菊……すごい、ぬめってる」
            取り出したそれに小さく息を吹きかけて、菊は笑った。
            「貴方も」
            菊の舌の先で、唯一空気に触れている性の器官は一人震えた。布をずらされ、下着の脇から顔を出さされた格好の菊のそれは袴の下、アルフレッドの手の中にある。
            「貴方にそんな目で見られたら、こうもなります」
            「ねえ、だったら!」
            「それは時間が許さないでしょう。でも、せめて、これくらいなら」
            「そんな…っ、…あ、あ」
            いきなり含まれて、アルフレッドはうわずった声をあげた。指を動かす余裕もなく、ただ菊を握りしめるだけだ。無闇に動かされても服が汚れるのでちょうどいい。
            尺八は、翻弄に向く。相手がどのフェーズにあるかを舌で感じ取り、制御することができる。追い詰め、追い詰め、のぼり切ったところでわざとはぐらかしては一気に追い上げる。さあ、さあ。私の舌に操られて、心をきりきりと舞わせればいい。
            「菊、…菊、菊っ」
            痛いほどに握りこまれて、菊は思わずそれを快楽に変えてしまい、彼の手を汚した。それに一拍遅れて、菊の口の中にも青臭いものがぶちまけられる。量の多いそれを眉をしかめて飲み下して、菊は慌てて袴の中に手を入れた。服に当たらないよう注意しながら彼の手を引き抜き、その手のものをペーパーで拭う。下着も直し、若干の乱れを整えて、最後に据え置きの消臭剤のボトルをプッシュして、菊は息をついた。
            「これだけなんて、むしろ拷問だよ」
            「では………夜に続きを」
            「夜、じゃないよ、朝まで、だよ。……朝が来たっていいよ、ああ、もう、」
            流石に臭いの残る掌は外に向けつつ、それでもアルフレッドは菊を抱き込んだ。
            「やっぱり今からだってしたいよ、昼だろうが夜だろうが」
            「もう……」
            そういうわけにはいかないでしょう、と肩を叩いてなだめる。
            「私だって、………待ち遠しいです」
            「だったら、」
            「だめです。……ね、落ち着いて、二人だけになって、それから、……思う存分愛してください」
            「ひどいよ」
            「そんな」
            苦笑しかけた菊に、アルフレッドの苦悩にまみれた声が届く。
            「君は、ひどい」
            「……」
            「こうやって君は、俺に復讐してるんだね」
            「………え」
            「俺の頭の中には、もう、君のことしか、君との爛れた時間のことしかない」
          ―――。そうですか。それぐらいは分かる知恵がつきましたか。私はからだを差し出さされ、貴方はこころを奪われる。復讐というと語感が悪い、これはギブアンドテイクというものでしょう?
          もちろん、そんなことを言いはしない。
          「私だって、貴方のことでいっぱいです」
            「……」
            「いつだって見てます」
            「……ほんと?」
          そう、アルフレッドは時々賢い。この不毛なやりとりは、表に出すべきではなかったと分かっているのだ。その認識が誰をも救わない、肯定にも否定にも意味がないやりとりを、終わらせる方法を分かっている。
          「ええ」
            「……大好きなんだぞ」
            「ええ」
          ああ。
            菊は思う。
            刺したい。
          目の前の影は言う。
          ―――貴方は、馬鹿です。
          
                     
          宣言通り、朝まで抱かれ通しだった。煽りすぎるのもよくないと、散らばった衣装を横目で見ながらぼんやりと考えていた。流石に疲れたのだろう、アルフレッドは腕を菊の胸に回し、ぐっすりと寝入っている。
          影が現れる。
          ―――本当に、馬鹿ですね。
            消えてください。菊は中空を睨みながら心の中で答える。
          ―――策におぼれる様は、私とまるで変わっていないではありませんか。
            違います。私は、変わったんです。
          ゆらり、影が揺れる。笑ったのだ。白い軍服に残る血の飛沫。彼は1945年以来、同じ姿で菊の前に立つ。
          消えてください。私は今に満足しています。貴方を否定することで私は成り立っている。
            ―――消えることなど、……消すことなど、貴方にはできません。貴方は、私。いつだって貴方の前に私はいます。
            違います。私は、…この人と生きていくんです。体に回されたその太い腕を掴む。
          ―――そのための籠絡ですか。本当に馬鹿です、貴方は。私が彼に愛されていたことも認めようとしない。
            違う!
          ―――彼はそう言ったじゃないですか。最初から好きだったと。
            違う…。菊は首を振る。その身動きに、アルフレッドは小さな呻きを漏らした。どきりとして息を止め、それから菊は静かに深呼吸をした。
          私は、変わったんです。貴方はこのレジュームに必要ない。私は、彼に敵対した貴方を捨てることで、捨てたと彼に証を見せることで、………だからからださえ差し出すことで、安寧を確保するんです。
            ―――そうやって、過去が消せると思うのですか。
          またゆらゆらと影は揺れる。
            ああ。
            刺したい、殺したい。
          ―――計算高い振りをして、貴方は単に、私に嫉妬しただけです。貴方は、単に………恋をすればよかったのに。
          アルフレッドとの睦み合いの最中、常に彼の背後で揺れる影を、菊は目を閉じることで強制的に抹殺した。