それはしかしお前の足指

 

※ご注意
・近世初頭蘭日捏造。
・どす黒い。いっそ不謹慎。
苦手な方はお戻り下さい。


 

殺気だつ者は時に美しい。
切れあがる眦は薄く赤く、引き結ばれた唇は色を失って白い。

差し出した花束を一瞥し、すぐに菊は顎をあげた。
「もう貴方がたのことは信用しないことにしたんです」
「・・・・」
一括りにするなと何度も請うた。違いについても説明した。それによって与えられる名前は違ったが、究極のところ、菊にとって、三界すなわち本邦・唐・天竺の外はひとしなみに異界であり、そこからの来訪者は異人なのだ。

傷つく者も時に美しい。
玻璃の煌めきに、望遠鏡のからくりに輝いていた瞳は、今、もう何にも揺れるまいと定めているかのように黒い。傷の深さに転化したのが憧れの高さだとするならば、あの男に注いでいた目の熱さはどれだけだったか、そう思うと腹の底が灼けそうになる。

しかし、ここで諦めるわけにはいかない。むしろ、今こそ。「唯一」という地位を掴むチャンスだ。やつらとは違う。お前を損なおうなどとは思っていない。カトリシズムとは無縁であるこの手だけをとればいい。

かきくどく様を菊は冷淡に眺めていたが、やがて花束に手を伸ばし、一本だけを抜き出した。
「貴方も神の下にいるのでしょう」
その平坦な調子に、さらに声を強めた。本当だ、信じてくれ。ビジネスに信仰を挟まない、ほかの奴らにはできないことだろうが、できる、自分だけは。

「ならば」
いきなり菊がその花を差し向けた。まるで鉄砲のように、花は心臓をねらう。

「私に信じろと言うなら、貴方も証をたててください」
「・・・証」
「ええ、私の手を取るためなら他の何をも切り捨てられると」
できやしまい、とその目が言っている。

「私のために同胞を裏切ることができますか」

思わず苦笑した。同胞?アントーニョがか。やっとの思いで独立したというのに、それは愚問だった。奴を追い越し、「日の沈まない帝国」を経済から打ち崩すためにこそ、今ここにいるというのに。
「いいえ」
菊の眼は細められた。
「貴方と同じ神を信じる者を、です」
「・・・・」

「彼らは貴方を心の支えにしているはずです。もとより彼らは討ち死にを恐れていない。ぱらいそとやらへ至る最短手段ですからね。彼らが怖いのは、貴方がたという最後の希望さえ絶たれ、絶望と猜疑と飢えに心が歪められ、神を捨てることでしょう。・・・私を捨てるというなら、神にも自分にも捨てられて無間地獄へ落ちればいい」

菊は激しはしなかった。一本調子な声と同じく、突きつけられた花の茎も微動だにしなかった。

菊の言う「彼ら」は、「奇跡をおこす少年」を先頭にもう2ヶ月も菊に逆らい続けている。囲まれた孤城からはそれこそ「同じ神を信じる者として」ひそかに援助要請も届いている。

「さあ、撃ってください、彼らを。彼らの神を貴方の手で殺して。―――私のために、それができますか」


菊は「彼ら」を花で指した。



島原・天草一揆における蘭船の攻撃の話。

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