「やーっ!……ほー………?」 
      机に肘を突き額をその手に乗せているルートは何度も見たけど。胸に手を当てて考える。うん、だいじょぶ。俺、何もしてない。今日は。まだ。 
      「う゛ぇー、どーしたの?」 
      「ああ、フェリシアーノ。来てたのか」 
      ルートは立ち上がり、小さく笑った。ソファを勧めコーヒーを淹れてくれるけど、眉間はそのまま。怖いって。 
      「悩み事?」 
      「ああ…。今度、本田という男と同盟を結ぶことになってな」 
      「へえ!」 
      ルートがいいやつだってこと、俺はすっごくよく知ってるけど、その意見はあまり賛同を得られていない。フランシス兄ちゃんなんか、もともとルートと反りが合わないのに加えて最近のルートの上司が大嫌いらしく、「あんまり影響されんなよ」なんて言ってくる。言われなくても、あんな風にムキムキになれるとは思えないんだけど。 
      ともあれ、俺とは違った理由から「友達」の少ないルートに、手を伸ばしてきた子がいる。それは単純に驚きであり、かつ喜びだった。 
      「どんなやつ?」 
      「ああ、真面目で礼儀正しく、気が合いそうだ。兄さんと面識があるらしく欧州事情もよく勉強している。お前のことも知っていて、今度紹介すると言ったら嬉しそうだった」 
      「わー。楽しみ」 
      「ああ」 
      しかし、発言内容とは裏腹に、ルートは大きくため息をついた。 
      「…どしたの」 
      「本田は、以前アーサーと同盟を結んでいたんだ。その時の話を少ししたんだが、同盟が破棄されて、国連から出た後も個人的には尊敬の念を捨てていないのだとしみじみと語っていた……」 
      「……そんけい……?」 
      首を捻る。恐怖じゃなく?先の大戦の時は一応同盟国の間柄だったけど、いまいち尊敬という感情には繋がらなかった。小首を傾げた俺に頷いてみせて、「それはともかくとして」とルートは言った。 
      「その、尊崇の念をありありと表明していた本田がな、一瞬だけものすごい嫌そうな顔をした」 
      「なんかあったんだ!」 
      ルートは頷く。 
      「俺もそう思って、どうしたのかと聞いたらな、――――振る舞われた食事がまずかったのだと」 
      「………なんだ」 
      驚くことじゃない。ああでも、何も知らずに口にして(むしろ他の分野に関する尊敬から期待さえして)アレだったら、トラウマになるかも。 
      「あの穏やかな本田が………羅刹のような顔をしたんだ」 
      「らせつ!」 
      ってよく分かんないけど。なんだか怖そう。 
      「…とにかく食べ物のことを重要視する子なんだね。…で?」 
      俺も美味しいものは大好きだから、気が合いそう。そう思ったのにルートは、はあ、とため息をついて、頭を抱えた。 
      「……フェリシアーノ……。お前、俺の料理、美味いと思うか?」 
      「え」 
      思わず黙る。「不味いと思うか」と聞かれたなら「そんなことないよ」と即答できたと思うんだけど。 
      じゃがいもがぐちゃぐちゃなのはまだいいとして。ルートの料理(って括れないくらい色々だけどさ)はがっつーんと塩味か、味がないかのどっちかであることが多い。 
      俺が気合い入れて作った料理も、コンソメの味わいなんか無視してテーブルソルトをがんがんふってた。 
      「実は、本田が手料理を振る舞ってくれたんだがな、それこそ味がついてるかどうか分からない煮た大根とか湯がいた菜っ葉とかばっかりで、それが何処産の何を使った何だといちいち説明してくれるんだが、俺にはさっぱりそのうまさが分からなくてだな」 
      「……ルートは、骨の髄まで狩猟民族だもんね……」 
      「肉だと、もともと味が強いから香辛料が強くなる。それに慣れてるから、俺の舌はあんな薄味を理解できないんだ……」 
      ああ、とルートは頭を抱えた。 
      「飯なんてフランシスのとこの料理人雇えばいいだろうで済ましてきたツケがこんなところに……」 
      「そういえばアーサーのとこも宮廷料理は兄ちゃんに任せっきりだったんだよね。だからなのかなー」 
      「本田のあの眼で!蔑まれたら立ち直れないぞ俺は」 
      あれあれ。 
      「ええと、それが悩み事?」 
      ああ、とまたため息をつく。 
      「兄さんのどこを見たんだが、妙に俺に憧れがあるらしい。アーサーのことを語る眼と同じ眼で見るんだぞ、次は『あの眼』か!と思うじゃないか」 
      「ヴェー、じゃあ大丈夫だよ。俺が作るから!」 
      任せて、と胸を叩くと、ルートはぽかんとした顔で俺を見た。 
      「あ?」 
      「だって三人になるんでしょ?だったら俺も一緒におもてなしするよ。素材はルートのとこのを使って。ルートは……台ふきでもしてくれたらいいんじゃない?」 
      ちょっとだけ皮肉のつもりで言ったのに、ルートは、ふわ、と笑った。 
      「そうか」 
      三人か、とルートは噛みしめるように言った。 
      「なんでこんなに失くすのが怖いのかって、同じものを手に入れたことがあったからなんだな」 
      「……なに?」 
      「いや。頼りにしてる」 
      笑って、「そうそう」と指を突きつけてくる。 
      「できるだけ早く対面の段取りをつけるが、これだけは守れ。遅刻するな、女に目を奪われるな、ちっちゃいって言うな、服をちゃんと着ていけ、言葉遣いもた」 
      「ヴェー、どれ『だけ』守ればいいんだよー!」 
      憶えられるわけがないじゃないか。 
      ルートはまた眉間の皺を復活させて、それでも最後には苦笑まじりに言った。 
      「じゃあ、これだけ。仲良くしような」 
      「ヤー!」 
      ぴっと額に手を当てると、やっぱりこれだけはルートの方がカッコいい、敬礼を返してくれた。 
    菊もびっっっっくりするくらい塩っ辛い野菜漬けや魚を食べると知る、数年前のこと。 
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