御礼というのもおこがましいですが、アル菊SS(歴史コネタ)です。
 	      
 	      
           
          機械の新製品には目の色を変え、所謂「家電芸人」なみにその機能を語って見せる菊だが(こういう時の菊は売り込みをしたいのだか単に興奮しているのだかよく分からない)、時々「なぜ?」というくらいアナログなものを使っていたりする。
          「梅雨時は仕方ないですねえ」などと言いながらぷしゅぷしゅ消臭剤をカーテンに吹きかけたりしている菊に問いたい、なぜ乾燥機を導入しないのか!
          「うちの製品紹介しようか?」
            「結構です、洗濯乾燥機なんて開発最前線なんですから国産メーカーにいいのがたくさんありますって」
            「じゃあそれ買いなよ、だって絶対毎年レイニーシーズンは来るんだから」
            「そうなんですけどねえ、梅雨の短い晴れ間に、それ!とばかりに洗濯物を干すスリルがたまらないんですよね」
            あ、そう言ってたらほんとに晴れました。菊は部屋の中に吊りかけていた物干しパラソルをたたみ、縁側から庭に降りた。ついていこうとするぽちを抱き留めて、縁側に座る。
            「で、外出から戻ったら濡れちゃってたりするんだろ」
            「そう、雲と追いかけっこして帰ったり」
            思い出し笑いをしながら、物干し竿に単衣を通している。
            「………だから、なんでそんな不便を我慢するのさ」
            「だって今の洗濯機まだつかえますから」
            「減価償却はしちゃってると思うよ?」
            「資産価値の問題じゃないんです。全自動なら電気代の問題でむしろ買い換えた方がエコでしょうけど、うちのは二層式ですからね」
          信じられない。
            洗濯槽から脱水槽に入れ替えて、洗濯槽には風呂の水を汲んで入れて、しかも排水で雑巾を洗って。
            俺と同じくらい忙しい筈の菊がなぜそんな時間を家事にかけるのか。それはつまり
          「…洗濯が好きなんだね」
          「だって、気持ちいいじゃないですか。晴れた朝に、」
            菊はぱん、と白い布を煽った。
            「こうやって皺を伸ばして干すのって」
            「…そうかい?」
          試してみようと突っかけサンダルを借りて庭に降り、洗濯かごの白いものを取ろうとしたらあわあわと菊がストップをかけた。それは下着です。
            代わりに、とバスタオルを渡されたのでさっきの菊にならってぱん!と鳴らしてみる。うん、まあ、楽しい、かも?
          もう一本の棹の方に手に持ったバスタオルをかけると、菊がそれを洗濯ばさみで止めた。菊は吝嗇で今の洗濯機を捨てないのじゃない。その証拠が洗濯ばさみコレクションだ。引っ張るだけでとれる靴下ハンガーだのはさんだ跡がつかないクリップだの、そして今バスタオルの上にちょこなんと座っているように見える「かえるさんの洗濯ばさみ」だの色々持っている。それなりに長い付き合いだと思うけど、菊とは「贅沢」と「無駄」の感覚が折り合わない。
          「そういえばさあ」
            「なんでしょう」
            「君んとこ、そういう名前の政治集団がいなかったっけ」
            「ああ、21世紀臨調のですね」
            あれは「洗濯」と「選択」が掛詞になっているのですよ、と補足する。
            「なるほど、それで、ひらがななんだね」
            納得して次のバスタオルをぱんと張ると、菊は小首を傾げた。
          「…プラス、おそらく、故人の言葉を引いているのだと思うのです、けど」
            「ふうん?」
            「昔、維新回天の立役者となったひとが『日本を今一度せんたくいたし申候事ニいたすべくとの神願二て候』と手紙に書いているのです。貴方もこのひと、ご存じじゃなかったですか…ね?」
            名前を聞けば確かに記憶にある、気も、する。
            「でもさー」
            「はい?」
            「なんか、君が汚れてるみたいな言い方だね」
            そう思うと、不快だ。
            「はあ…。うちでは汚れというのは”水に流せる”ものですから、洗濯して綺麗にするというのも、そうおかしな言われようでもないんですが…」
            「が?」
            「あれは、身内にあてた手紙の一節なので、方言で解釈した方がいいんじゃないかと。彼の出身地辺りでは、『洗濯』は『仕立て直し』という意味も持つらしいんです」
            「シタテナオシ?」
            「日本の服は平面仕立てですから、左右入れ替えて長持ちさせたり、丈を変えて子供用にしたりできたんです。最後はおむつにして、布の限界まで使うんですよ」
            「へえぇ」
            菊の「贅沢」とか「無駄」とか「モッタイナイ」とかは本当によく分からない。けど、なんかちょっと、懐かしい気もする。そういえば子どもの頃のベッドカバーはアーサーお手製のパッチワークだった。
            「ですから、彼は『日本の仕立て直し』、つまりそのまま『改造』を言おうとしていたのかもしれません」
          「なるほどね」
          「…もっとも、その手紙の頃の彼は攘夷論者・実行主義者でしたから、本気で洗い流したかったのかもしれないんですけど」
            俺をか!
            「そんなのダメなんだぞ!」
            腕を掴むと、菊はにっと笑った。
            「あの頃の私なら、そちらがよかったですけどね」
            「菊!」
            空になった洗濯かごを軽くふって、菊は縁側へと踵を返した。振り返って、笑みを見せる。
          「いろいろあって、それでも今貴方とここにこうしてのんびりいられるのを、幸せだと思いますよ」
            「菊…!」
           
          折角干した洗濯物は、よんどころない事情によってとり込まれずにいるうちに、戻ってきた雨に濡れた。