SSSsongs2(アサ菊/1.30)

 

ロマンチストという点にかけては、次兄の方が格段に上だと思っている。日本でも大流行したのだから一概には言えないけれども、韓流ドラマに用いられた甘いエピソードの数々は、日本では「少女漫画」と言い訳をしないと使えない類のものだった気がする。恋に夢見る乙女たちならともかく、とこめかみが痒くなってしまう言葉や振る舞いを、次兄自身よくやってのける。
かの国では付き合い始めて一ヶ月目、一年目という節目節目に気合いを入れなかった、というのが(主に女性側からの)離婚の理由になるらしい。「あったり前なんだぜ」。テレビでこう言ってましたけど、と聞いてみると、暖かいオンドルの床にだらだら寝そべっていた次兄は平然と言った。「だって好きなんだぜ」。その言葉で納得してしまえる彼はすごい。正直めんどいという男の本音をも越えてしまえるとは。

年のせいなのかなんなのか、最近いろんなことが面倒で、日付なんてもういいんじゃないかと思っている部分もある。成人の日、敬老の日、体育の日。何月何日かよりもそれが土日に結びついてハッピーマンデー、レジャー消費で経済効果が見込めるなら、その方が、断然。さすがに元上司の誕生日がもとになっているだの、何かの記念日だのの日は「第○月曜日」にしにくいけれども――でもどうなんですかね、祝日ありすぎて国民の皆様全部言えないんじゃないですか、あれだけクイズ番組のネタになってるってことは。一応小学校第六学年の学習項目なんですが。
祝日だってそうなら、記念日なんてもっとそうでしょう。公のもの、政策として作り上げたものだけだって相当あるのに、更に個人的なものが加わったりしたら。

やっぱりあの床の暖かさはほしい…。炬燵に丸まって半纏を着込んでも背中に冷気を感じる。お母さんのような暖かい床……がすぱっちょ……なんとなく連想して、菊はスープでも飲もうかと立ち上がった。夜ふけの台所はしんとした寂しさがある。こんな時間に似合うのはコーヒーとかホットミルクとか、そういう優しい飲み物だけだろう。すくなくともフードプロセッサーの音はそぐわない。取り出したトマトを手のひらの中で転がしながらしばし考える。
なにを作るにせよ、まずは玉ねぎだろう。皮をむいて、櫛形に切る。にんじんがあると色どりが美しい。とりあえずそれも皮をむいて。マッシュルームがありましたっけ。あれは足がはやいから使ってしまいましょう。そう考えた時点でもう最終目標は決まっていた。別に使うつもりだった牛肉のパックも取り出す。こんな時間に…と自分であきれるが、一日おくと美味しいんですし、と言い訳をする。
ざっと炒めて水とスープを入れ、台所のテーブルに肘をついて座り、ことことと鳴る鍋をみつめる。

記念日なんてめんどくさい、それなのに時計を見つめ、「だって好きなんです」と呟く。

あちらにとっては、ただの歴史の一こまに過ぎず、……今につながる日でもないから、とうに忘れ去られたでしょうけれども。私のところの中学校用教科書にはかならずゴチックで示されるその「結びつき」は、私にとっては、そのすぐ次のゴチック用語につながる重要な後ろだてでした。貴方は力をくれた。

 

――でも、最終的にはそうだったけど、実は、その瞬間は、むしろ平和をくれたんです。私は、これで戦争が回避、少なくとも延期されたと感じ、軍備増強につながる地租増徴をやめることにした。翌年にはもう状況は変わってしまいましたが、それまで、一人で走るしかないと身を強ばらせていた私に、貴方の差し出してくれた手は、小さな、しかし吐息が漏れそうなほどの安堵をくれました。

それは、まさに、あの柔らかな暖房のような、暖かさでした。

 

もうそろそろいいでしょうか。
昔教えて貰った手順通りにC&Wのスパイスを入れ、台所中に独特の香りが立ちこめるのを満喫する。
時計を見ればもう夜も遅く、長針と短針の重なり合いも本日二度目を繰り返そうとしている。

一時的なただの友達のことをこうまで思う自分も随分少女漫画的だと小さく苦笑して、9時間前を過ごすひとを思った。


時計の針T(いち)とTとに来(きた)るときするどく君をおもひつめにき(北原白秋)




関東ローカルCMネタですみません。

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