※ご注意
ご本家(「アメリカ人が春大好きなわけ」「クリスマスなのかこれ漫画」)及びthe本2前提です。
仲良し指数(50を友達、100を恋人として)78→83くらいのお話です。国名呼び。
「そっか、忙しいのか…。仕方ないよ、それじゃまた……(ぷつ)」
ああ、なにこのデジャブ。
もうそろそろ買い換え時かなと思いながらうっかり放置していた(らクリスマス週間に突入してしまった)エアコンは、空気清浄機かと問い詰めたくなるほどの爽やかな風しかよこさない。そして、電球が切れた。
寒い、暗い、一人ぼっち。
いや、宇宙人のトモダチはいるけど、そして彼がゲームをしているせいでいやーなゾンビが画面の中にもいるけど、人はいない。…俺も確かに人ではないけど!でも体温はある存在なのに、それがひたすらブリザードに奪われていく気がする。
エアコンも電球もなかった時代も、覚えてはいる。
薪割りなんてして、暖炉にくべて。揺り椅子の上、膝の中、絵本を読んで貰って…。
いやいやいやいや。
首を振って思い出を振り払う。もう俺は子供じゃないし、イギリスだって来ない。――別に、かまわない。あの頃みたいにべたべたしたいわけじゃないし、彼の保護者面なんかうんざりだ。うんざりだとも、と拳を握りしめて部屋に戻ろうとしたところで、チャイムがなった。
誰だろう。
来るのを待つより押しかけろ、を行動指針とするアメリカは、その自分が出かけるのを躊躇うほどの吹雪の中訪ねてくる客が誰なのか思いつかなかった。ホラー映画ではこういう時ドアをあけるとゾンビが来るんだ。凶悪犯罪者という路線もあるよな。そう思うと足取りが重くなる。
慎重に鍵をあけてゆっくりとドアを引けば、その動きにつれて、どご、と黒い塊がのしかかってきた。
ひいっっ。
叫びそうになったのを必死で耐えて、胸の中の物体をのぞきこむと。
「……にほん?」
来客の心当たりリストで最初に消した友人だった。
「ええっ?だって君、年末すごく忙しいんじゃなかった?」
「…」
にへら、と笑ったまま変わらないその頬を引っ張ってみようとして、気づく。
「…ほんとに凍りかけてるよこの人!」
バスタブに熱めのお湯をはり、多少手荒に放り込んで、リビングに引き返して石油ストーブに火を入れる。その上にやかんを掛けて、台所から蜂蜜とレモンを持ってきたら、ちょうどお湯が沸いた頃に解凍された日本がリビングに入ってきた。
床に直接置いたけど厚手のクッションだから寒くないだろうと勧めると、はい、と笑ってぺたんと座った。少しでも暖めようと毛布を回しかければキャンプみたいですねと笑う。
「お湯いただきました、ありがとーございます」
「飲んだの?」
「は?いえ、はい、まあ、飲んでます」
うふ。日本は首をすくめて笑った。体格差から仕方がないとはいえ、貸し与えたスウェットは鎖骨がのぞきそうなほど襟ぐりが開いてしまって、寒くないかと心配になる。
「飛行機の中でも飲んでいたんですが、空港についたらもう死ぬほど寒くて、これは飲むしかないとボトルを買い求めまして、ラッパ飲みしてしまいました」
飲んだってそっちか。
「よく売ってもらえたね…」
俺が店員なら年齢確認しそうだ。
「はい、本田名義のパスポートをお見せしました。こちらでは何をするにあたっても身分証明が必要で大変ですね−」
ほわほわと笑う。なるほど、酔っぱらってるんだなと思う。
日本は、欧米より「酒の上での過ち」に寛容だという。イギリスのような…と言っても、イギリスも俺の前で酔うことは滅多にないから知らないが…酒乱っぷりを見せるんだろうか。俺自身が飲酒可能年齢にないからレベルがよくつかめない。
沸いたお湯で蜂蜜レモンを作ってやろうとすると、「あ」と押しとどめて持参の焼酎を取り出す。まだ飲む気か。
「日本、はーってして」
「え?」
「息」
ああ。と日本は頷いて素直に息を吐いた。ふむ。そんなにくさくは感じないから、まだいいんだろうか。迷っているうちに、お湯にどぼどぼと焼酎を継ぎ足した。そんなに入れるものなの?と目をむくが、その酒の飲み方を知らないので口をつぐみ、自分の分の蜂蜜レモンを作る。日本は酔っているから、俺は大ざっぱだから、二人ともグラスの縁まであふれそうになってしまい、口から迎えに行く。芯から暖まる飲み物に思わず顔がほころぶ。目が合うと日本もにへ、と笑った。
「どーしてキャンプごっこなんですか?」
一人でそんなことわざわざするわけがない。でも日本が楽しそうだから口から出任せを言う。
「部屋を暗くしてホラー映画を見ていたんだぞ」
二階に消えた宇宙人の冷やかし声が聞こえる気がするが、気にしない。
「おや」
日本は顎をひいた。
「平気におなりですか。新作のホラーゲームをお持ちしたのですが、お送りすればよかったですね。」
「え、い、いや」
「今回のは自信作です。氷姫と呼ばれる美女が兄に執着し、ドアノブを壊して乗り込む話です。各所に地雷が埋めてあって、99%バッドエンドに至るという恐ろしいものなんですが、なんと言っても声優さんが秀逸で。『兄さーん…』という声はなかなか凄まじいですよ」
どうぞ、と差し出されたゲームのパッケージにはどこか見覚えのありそうな顔が描かれていて、あまり食指が動かない。
うーん、と唸っていると、日本がくしゅんと身を縮めた。
「あ!君、髪が濡れたままじゃないか」
「すぐ乾くかと思いまして…」
「だめだよ、ちゃんと乾かさないと!」
ぐいと肩をひっぱって頭を出させ、タオルをかぶせてわしゃわしゃとストーブの前でかき回す。
だめだぞ、ちゃんと乾かさないと。
子供の頃、お風呂なんて退屈で我慢できなくて、やっと解放されたと走って出たらいつも捕まって。タオルを頭から被せられて前が見えなくなるのも嫌で、ぶーぶー文句を言うと歌であやされた。
「The first day of Christmas,
My true love sent to me…」
思わず口ずさんでいた。日本は最初笑いながら文句を言っていたが3日目あたりで静かになった。ぐす、と鼻をすする音がする。
「日本?」
乾いた、というよりぼわぼわになった髪を手櫛でといてやると日本はひよこのような口をしてみせて、小さく頭を下げた。日本にだけかかっていた毛布を引っ張って、俺の肩にもかけてくる。ストーブの前にいるせいで寒くもないのだが、日本がキャンプみたいだとまた笑うので素直に受け取る。
「アメリカさんは、楽しいクリスマスでした?」
「え?うん。クリスマスは楽しかったよ」
そのあと侘びしかったけど。
「日本は?恋人と過ごす日なんだっけ」
「いる人は。私はクリスマス商戦を戦ってました。地デジ間近で、今、家電が熱いんです」
「引き続き歳末商戦なんじゃなかった?この時期日本はすごく忙しいと思っていたんだけど」
「ええ、すぐ帰りますよぅ。30日早朝には成田に降りなければ大惨事になります」
「そんなに大変なんだ?そういえばライスケーキはもう作ったのかい」
「…今年は自粛です。あれだって喉に詰まらせて死ぬ人が年に150人以上いる食べ物なんですが、窒息死問題で好きなお菓子が販売停止になってしまったので…」
最近、なんか融通きかないんですよね。くすんと鼻を鳴らす。
まだ耳の横の髪が飛び跳ねていたので、手を伸ばしてなでつけてやると、日本はくしゅと顔をしかめた。
心の奥が見えない黒い瞳でじっとこちらを見て。
「ねえ、アメリカさん…」
目が潤んでるのは酒のせい、顔が近いのは毛布を分かち合っているせい。なのだけど、ちょっとどきりとする。
「なに」
「もしアメリカさんと結婚したら」
ぎょっとして体ごと向き直る。確かに、俺たち個人の恋愛関係ということを抜きにして「国」として言うなら、51番目の州と呼ばれる日本とは既に事実婚が認知されているようなものだし、経済的にも軍事的にもメリットの多い合併になるけど。
「イギリスさんを、お義兄さんと呼ぶことになるんでしょうか」
危うく蜂蜜レモンを吹き出すところだった。なんの話だ。
「ならないだろ」
だって俺が呼んでないんだし。
「呼んだら嫌がられるでしょうか…」
「えー?」
どうなんだろう、俺はお兄ちゃん呼びを断られたけど。
「じゃあ、もし私がイギリスさんと結婚したら、お義兄さんと呼んでくれます?」
「いやだよ」
即答。
「そんな呼び方したら、イギリスに遠慮しなきゃいけないみたいじゃないか」
「……そりゃまあ、他の人と結婚したら遠慮はするものでは」
「そんなことになるんだったら全力で妨害するぞ。だいたい、兄弟なら君いるだろ」
多少、うざいのが。多少の妨害はものともせず日本のプライオリティを奪う奴らが。
「…」
日本は俯いた。
「あのですね」
「うん」
「私、あの人達と一緒にいると疲れること多いんですよ」
「ああ、ねえ」
「別にそんな好きでもないし」
「まあ、兄弟ってそういうもんだよね」
「あの人達が、クリスマスを、ふ、二人だけで過ごしたからって、寂しくなんか、ないんです」
「……ああ、なるほど」
なるほどね。ため息混じりに理解する。
こういうことがあるから空気を読まないぞと決めているのに、読めてしまうのが空しい。
「聞いてます?」
「聞いてる、聞いてる。もっと言っていいよ。ぜえっったい、彼らに告げ口とかしないから」
言うもんか。14時間もかけて人に愚痴りに来るくらい拗ねてたよ、なんて。
よしよし、と頭を撫でてやると、ふにゃあ、と顔を崩した。引き寄せると素直に体を寄せてくる。
「だいたいですね、アニメですよ?どうしてそれで私に声をかけないんです」
「君のとこは業界がでかすぎてつりあわないだろ」
「アニメ作りの現場なんて48時間連続労働なんて当たり前なんですよ。そんな長い時間一緒にいたらぜったい韓国さんがセクハラし出すに決まってます。私はまだ誤射されたことないですが!」
「うん、よかったよねえ」
彼の生存のために。そんなことになっていたら、日米韓軍事協力体制も六カ国協議も何もかも放りだしていたことだろう。
「二人でホワイトクリスマス見ながらピザ食べたんでしょうか…」
それのどこが羨ましい光景なのかさっぱり分からないけど。
「食べたいなら冷凍庫にあるよ。でも、クリスマスって言ったらやっぱりケーキだろ。残念ながらそっちはもう無くなっちゃったけど」
「いえ。いえいえいえ。ケーキは小さいのを食べました……帰り道のコンビニで売ってたので」
それで十分、という顔をするので、言いつのってやる。
「マッシュポテトは?ブラウングレイビーソースをかけたチキンは?クリスマス・プディングは?」
日本は微笑しながら首を振っていたが、はた、と首を傾げた。
「それ、銀貨が入っていたらどうこう、というものですか?」
あ。
やばい。
何がやばいって、今の日本は酔っていて、空気を読む気がないことだ。
「私の記憶が間違いでなければ、それはイ」
ギリスで食べられるクリスマス料理、だなんて続きは言わせない。
「間違いだよ!君は酔ってるんだよ?時差ぼけもあるしね。もう寝た方がいいんじゃないかな!」
日本は「えー、えー?」と笑顔で体を左右に揺らしたが、最後にばふっと前に倒れてきた。胸の中にやわらかい塊が飛び込んでくる。
「私、アメリカさんの寂しさにつけ込んでいいですか」
「寂しくないってば」
うんうん、と頷いて、日本は満面の笑みを浮かべた。
「今日は特別に一緒に寝てあげますよ」
ふふふー。笑って首に抱きつく日本を抱えて、ベッドに運ぶ。
俺がホラーを見た後は一人で寝られないのを知っていて、ホラーゲームを持ってきた日本は、最初からそう言うつもりだったのかもしれない。
ストーブを消してベッドに潜り込む。
電球は切れたままだし、外はやっぱりブリザード。
兄弟とは遠く海を隔てている。
だけど多分今年の冬は、去年よりずっとあったかい。