Jesus bleibet meine Freude
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※ご注意
業務改善指導役として本社から派遣されてきた外国人など憎まれるのが当たり前だ。 一ヶ月赴任の短期決戦だから仕事は濃密かつ長時間、日本支社ビルを出るのは深夜。「世界どこでも同じ味」のドライブスルーに車を回す。ポテトもジュースも量は本国より少ないけれども(最初はサイズを間違えられたかとクレームをつけてしまった)、深夜だからちょうどいい、そう思うことにしている。 そう思うことにして、毎日通っている。
「340円のお返しになります」 人間の体は皮膚の外側にもう一枚、その人の空気の層があるんじゃないかと、初めてこの店に来た時、思った。 いや、あるのだと感じた。 肌は触れあっていないのに、彼の空気の層が俺の掌に触れる。それだけで掌が熱くなる。 「…ねえ」 空気の層に触れて今度は左手が熱くなる。 「悪いね、驚かして」 「君の笑顔は、商品なのかな、と思って」 ホックシールドは感情抑制が業務のうちと考えられる対人サービス業を「感情労働」と呼んだ。看護師、カウンセラー、苦情処理係。生身のまま向き合えば心が折れてしまうから対処法を定めてそれに従う。皮肉なことだが、人は自らを機械だと考えた方が人間らしさを保てるものなのだ。 分かっているけど。目の近くの何かが溶かされるような気がする。 そこで窓から呼び声がかかった。 そう言って店員は照れたような笑顔を見せた。 「俺――笑ってたっけ」 笑ってたんだ。 そんなこと、派遣先ではしないと思っていた。憎まれ、こちらも馴染みはしない。どこの土地でもそんなドライな関係を保つために、食事だってファーストフードで済ませていた、つもりだった。 「俺の商品は、人の笑顔を刈り取る死に神の鎌だ」 許されない、そう思う。人の感情を壊す代わりに、自分の感情など殺す仕事。 店員は少し悲しそうな目で首を傾げた。切りそろえた横の髪がさらりと頬にかかる。 「……私は、よそをクビになって笑顔を貼り付ける今の仕事になりました。私、本当はあまり笑うのが得意ではないんです」 名前を呼びたかった。だけどプレートに書いてある名前は多分呼んでいいものではない。彼は店員で、自分は客。彼だけが名前をさらしている、この関係はフェアではない。 「私からも貴方からも微笑みを取り上げないで頂きたいんですが」 溶けた何かがこぼれ落ちないように天を仰ぎ、呼べない名前の代わりに、主の名を呼んだ。
――神様、彼への笑顔を、せめてそれだけを、罪深い俺に、許してくれますか。
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「ところでお客様、せめて3回に1回はサラダセットになさった方が」(←当サイト仕様) |