そのあたたかみをはだにうけて

 

※ご注意
ばかっぷるアサ菊。…12禁くらいですか?

 

 

菊の家をこの時期に訪ねた外来の客は、たいてい彼ら言うところの「マモノ」に取り付かれる。
「ふわぁ…」
座敷に入るなり、足ばかりでなく腕もこたつ布団に突っ込んだ英国紳士のほどけきった顔にくすりと微笑んで、菊は押し入れをあけた。
無理してこんな遅くいらっしゃらなくても、明日の便で間に合われたでしょうに。
長い付き合いで、そんなことを言うべきでないのは分かっている。移動疲れをねぎらうつもりでもツンデレを発動させるだけなのだから、ここは素直に無理をしてくれたことへの感謝を態度で表すべきだろう。
肩まで潜り込みそうなアーサーに、取り出した客用の半纏をかけてやる。
「寒い中来て下さって、ありがとうございます。…温かいですか?」
「――うん。」
菊はにっこり笑った。心の中でどれだけ感情が乱高下していようとも表情を保つのは大得意である。
うん、ですって!なんて、おかわいらしい。ああ、いつもはあんなに変態でエロ大使で今日だって明日の会合まで10時間あるから3発はできる、くらい絶対考えているはず、けど、ああやっぱり、目眩がするくらいかわいくていらっしゃる。何されても許してしまいそうです。
もちろん、そんなことを考えているなんて、ちらとも表に出さない。言質を取られたりした日には本当に何をされるか分からない。
「お食事はお済みなんですか」
「機内食が出た」
「そうですか…満足されました?」
「ああ、美味かったぞ」
「そうですか」
どこの航空会社をお使いになったのだろう、自分も次は使おうかと思って、まあやっぱり、と聞くのは止める。別にアーサーの舌を疑うわけではない、ただ結局慣れ親しんだ自国のものが一番合うのだろうと思っただけだ。もちろん。そうでないはずはないでしょう、と誰も聞いていないのに菊は心の中で断言する。
「はい、お蜜柑とリモコン置いておきますからお好きになさってください」
「うん…」
こてん、と頬を天板につけたアーサーは少し顔を赤くして菊を見上げた。
「お前も入らないか?」
だめです、と菊は自分を戒める。いくら今可愛いとしても、この方の思考パターンは身を以て知ってるんですから。足が触れあっちゃったりとか、見えないところで手が蠢いちゃったりとか、うっわ、想像するだけでも危険です。やっぱりこたつは。ちょっと。狭いし。
「お風呂をご用意します。……お布団も」
アーサーが顔を上げそうになったので身を翻して廊下に出る。
いや、別に、そういう、のではなくてですね。だってもう遅いですし。明日もあるんですから、こたつでとかそういう無理は。いやいや。
簡単に風呂を流してお湯をためながら入浴剤を選ぶ。
ああ、蜜柑の皮干しとけばよかったです。ゆずも切らしてるから市販のものになってしまう。温泉のもとシリーズから登別を選んで準備する。乳白色で、ちょっととろみがあって、……そういえばこれもこたつのような危険性があるんでした。あったんでした。そのときの情景やら経緯やらの記憶が紡がれ始めた中空を大きく腕で払って、菊は布団の用意に向かった。二つ並べて敷きながら、どおせ一組しか使わないんですけどねでも一応、などとまた一人言い訳をする。そういえば、本当は欧米の方には床に敷く布団ってあまりいい気持ちがされないのではないですかと聞いたことがある。紳士は爽やかに答えた。「広く使えるじゃないか」。そうだった。むしろ一組しか使わないでくれた方がいい。一組の布団の中ですることなんて普通に誰しもが想像するレベルだ。
ああもう、あの方は。どうしてああも色んな事を思いつかれるんでしょう。確かにマンネリとは無縁というか、めくるめくというか、時々引いてしまうというか。そしてなんで毎回流されちゃうんでしょう自分。やっぱり第三者にばれたときに可哀想な者を見る目で見られるようなことは拒絶すべきじゃないでしょうか。
ノーマルなのが、一番だと思うんですよね。
一人ぐるぐると考えて、妥当と言えば妥当、無意味と言えば無意味な結論に達し、念のため――いや、普通にそれぞれ寝ることもありえるのだから不自然ではないですよ?と心中頷きつつ湯たんぽもふたつ用意をして、帰り際にお風呂のお湯をとめて、菊は手を拭きながら廊下を戻った。
つけたままにしていたテレビのナレーションが聞こえてくる。
「我妹子が形見の衣下に着て直に逢ふまでは我脱かめやも」
ああ、大伴家持ですか、懐かしいですね。
そう思いつつ障子を開ければアーサーの頭が起きている。おや、丸まってらっしゃらないんですね、と思ったところでテレビに目が吸い寄せられた。大学教授が万葉人の恋愛事情を説明している。

――――どうも恋人同士は、古代に於いては、下着を交換したようなんです。

まっ!ちょっと、待って!いけない流れだと気づいた菊はリモコンを探すが、あいにく、アーサーが握りしめている。千年以上前のことだが記憶にある、この続きを、この人に、聞かせてはいけない。

――――古代の男女は、綺麗なもの、まだ使っていないものをプレゼントするのではなくて、自分が着ているものを

とめてだれか!

――――脱いで、しかも洗濯しないで渡すっていう習慣があるみたいなんです。

ぶち。菊は主電源を消した。沈黙が続く中、おそるおそる振り返ると、アーサーはにこりと微笑んだ。

「菊」
「い、いy」

衛生観念の無かったあの頃はともかく、今やったら変態ですって…。
フランシスの「どん引き」を絵に描いたような視線を菊はまざまざと思い出した。

硬直しているのをいいことに、すっと立ったアーサーは菊を後ろから抱きしめ、耳元で囁いた。

「確かに、菊の着たものをじかに身につけたら、ずっと一緒にいるような気になれるだろうな。…14時間の時間距離さえ越えられる気がする」
きゅう、と菊の胸がなる。
ユーラシア大陸の東と西。距離が切ないのは菊だって同じだ。

「な?」

アーサーはごくごく非紳士的な要求をごくごく紳士的な笑顔でしてのけた。ああ、ここにいる方こそがマモノです、とその要求を拒めたことのない菊は思った。

 



実にすみません。

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